満面の華が咲いたその一瞬で、全ての空気が変わっていた。
― 華 舞 ―
「あきまへんえ、こんな町ん中で」
響き渡る涼やかな声に固まっていた時間が動き出す。
それに思わず自らの得物を握る力を強めた。
(これはこれは…)
ほんのひと時とはいえ自分にこの鉾の感触を忘れさせるとは、中々侮りがたいものを持った女性らしい。
しかも自分のような男の前でも臆すことなく凛と構えており、さり気なく間合いもしっかりと取っている。
これだけ揃えば、ただ守られているだけの女性な訳はなく。
(何より、いい目をしてる)
状況が許せば口笛の一つも贈りたいほどに申し分ない相手だ。
自然と口元に笑みが浮かぶ。
「もう、聞いてはりますの?前田…慶次はん?」
「おや、俺のことを知ってるのかい?」
「あれだけ声高に喧嘩してはったら、嫌でも知ってしまいますやろ」
「ああ?あんた、あのデカイ奴の連れなのか?」
観察の目を向けていたのが気に食わないのか、整った顔を微かに顰めてこちらを睨んでいる。
そうして言われた言葉に、つい先ほどまで刃を交えていた相手を思い出した。
嫌にゴツイ鎚を揮いながら時には背負った大砲を放つという、何とも大味な男で久々に楽しませてもらったが、
「まさかこんな可愛い嬢ちゃんを連れてたとはなあ…」
「!そんなこと言うても引きませんえ?」
一瞬呆気に取られ、それに慌てたように精一杯きつい視線を投げてくる。
しかし、その目の下にある彼女の頬は僅かに赤い。
「…っ、あ、ああ勿論だ」
「むぅ、笑ろうてる余裕はありまへんえ!」
「おっと、それじゃあこちらも本気でいかないとな」
どうやら余計に機嫌を悪くしてしまったようだ。
よく通る声と共に鋭く傘を打ち出してくる。
彼女の細腕のどこからくるのか、その重さは予想を遥かに超えていた。
(面白い………………が、)
「傘が得物か……っ」
「ああっ、もう!また笑ろうてっ!!ほんに失礼なお人やな!!」
「はっはっはっ!!いや、悪い悪い…っ」
「むうぅ!!」
更に力の載った突きが飛んでくる。
並の男では適わないだろうその技に、先にも感じた高揚感が再び湧き上がってきた。
今日は本当にツイているようだ。
ここまで面白い奴らに会えることも、そうない。
(運を使いきってなきゃいいがねえ)
次の戦、少々気を引き締めて掛かった方が良さそうだ。
何合目か数えるのも忘れたその時、遠くで高々と吼える声が聞こえた。
余りにも聞きなれたそれに、急に気分が悪くなる。
「…全く、人の運をなんだと思ってるのかねえ」
「何どす?」
彼女も気になるのか怪訝な顔をして周囲を伺っている。
勿論目は自分に据えたままだが…。
(…勿体ないな)
まだ楽しめただろう時間を壊した声に深く息をつく。
かなり惜しいが、あっちはあっちでさっさと追い返したくて堪らない。
「あれは…織田の旗」
近くなってきた声に流石に彼女も気がつき、焦りの色を浮かべる。
「喧嘩に大名が出張るたあ、粋じゃないねえ」
「…あちらはん、お味方でっしゃろ?」
得物を下ろし苦く呟くと、彼女が目を丸くして問うてきた。
まるで信じられない、とでも言いたそうなその様子に苦笑する。
(どんな奴に見られてたのやら)
取り敢えず。
「嬢ちゃん、悪いがここは一旦休戦といかないか?」
ここ暫くの運を使い切ったかのような出会いから、数ヶ月。
相棒である松風の背に乗り、悠々と仰ぐ空は遠い。
今自分が向かっている先は“気を引き締めるべき”戦場。
「……何だがなあ」
どうにも気が乗らない。
普段には考えられない自分を省みて、頭を掻く。
「あいつらに会って解消したと思ったんだが…」
ここまで深く根付いていたらしい。
自分の後ろに立つ、織田軍。
どこだろうと、自分の望むままに腕を揮うつもりだった。
けれども軍というものは、いや、織田信長という男は甘いものではなかった。
伊勢長島殲滅戦、長篠の戦い。
双方とも相対するに申し分のない兵は居た。
それなのに、揮った得物を持つ手がどこか他人のもののように思えた。
ひどく、重く感じて…
「慶次様?」
「―――ッ!!?」
「ああ、やっぱり慶次様や!お久しぶりどすなあ」
「……」
明るい声に載せられた自分の名と、沈み込んでいた思考の余りの差に暫し呆然とする。
目の前に立っているのは紛れも無く、先日の彼女だった。
相変わらず穏やかに笑っている。
けれど、
「慶次様?」
「………嬢ちゃん?」
出来すぎた再会に思わず確かめてしまった。
「………」
「あ、ああ悪い、阿国さん」
「はい」
浮かんだ笑みに、別れの言葉を思い出した。
『嬢ちゃん、悪いがここは一旦休戦といかないか?』
『……』
『嬢ちゃん?』
『…阿国って呼んでくれはったら考えますえ?』
『……は?』
『ついでに先刻のお方は五右衛門はんどす。嬢ちゃんなんて何やむず痒うてあきまへんわ』
『………ついで、か』
『さ、早う』
『……じゃあ阿国さん、良い勝負だった』
『はい、ほなまた』
確かにそう言っていたが。
「まさか本当にまた会うとはなあ…」
「うち、嘘はつきまへんえ?」
「ああ、驚いた」
笑って、食べ終えた団子の串を振る。
まさかこんな風に“普通に”再会するとは、本当に考えもしなかった。
柄にも無く戸惑っている自分を感じる。
だが、彼女の方は動じた様子もなく落ち着いていて、今も買ってきた団子片手に茶など啜っている。
何だか、とてつもなく長閑だ。
そこに居る自分にふと言いようの無い違和感を感じた。
「少しぐらいはええんやないでっしゃろか?」
「……何がだい?」
「お茶飲む余裕もないと、その鉾も重うなりますえ」
「……」
「ほら、あれ!“腹が減っては戦も出来ぬ”言いますし!!」
「……そうだな」
得意満面と言われた言葉に脱力する。
ちらりと見た彼女はやっぱり笑っていたが、そこには確かに伝わるものがあって。
「…阿国さんは何で旅をしてるんだい?」
「うちの家が壊れてしもうたんで、その修繕費用を」
「武将として?」
「……慶次様」
「いや、冗談だ。確か舞を披露して廻ってるんだよな」
「知ってたんどすか?」
「後で聞いたら有名人で吃驚した、という訳だ」
「そうどすか」
また一層和やかさが深まる。
(まずいな…)
違和感が、形を変えてきている。
それでもまだ違和感であるうちは何とかなるだろうと、無理やり目を逸らした。
逸らして、また重ねる。
「時々、足を止めたくなったり、しないか?」
「…慶次様?」
「……女の一人旅なんだろう?」
「そうどすな」
自分で投げかけておきながら、彼女の言葉に軽く落胆する。
全く勝手なその思考に苦笑し、もう終えようとした瞬間。
「大事なものどすからなあ」
「……」
思わず息を呑む。
「その為やったらうち何でも出来る気がするんどす」
「…そうか」
華のような笑顔と共に、言葉がどこか奥深くにしっくりと馴染んだ気がした。
「でも最近困ったことが起きましてなあ」
「困ったこと?」
「今も大切になってしもうたんどす」
「は…?」
緊迫した空気などそ知らぬように発せられた彼女の答えに、間の抜けた声が漏れた。
それが可笑しかったのか、鈴を転がしたような笑い声が返ってくる。
そうして、
「なんやうち、慶次様とこうしてるん大事みたいなんどす」
「……」
「ほんに、どないしようか迷ってもうて」
「…そ、うか」
「そうなんどす」
また満開の笑みを浮かべ、自分の一歩前を歩き出した。
「…………参ったな」
楽しげに傘を回しながら先を行く背を見つめ、小さなため息を零す。
どうにも落ち着かない気持ちを何とかしようと軽く視線を彷徨わすが、それも思うように上手くいかない。
「らしくないねえ」
ここまで誤魔化さずにいられないとは。
もう、潔く諦めようか。
有難いことに彼女は背を向けていることだし。
見ているのは今更隠すものもないこの松風だけだろう。
だから、
今日ぐらいは、今だけはただ笑っていてもいいだろう。
与えられた気持ちそのままに。
偽らざる自分、そのままに。
そうして見上げた空は抜けるように青く、どこまでも綺麗だった。
05.04.28UP
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蔵出しの慶×阿です。これを書いていた頃は戦国にハマってましたね。前田さんに『…………参ったな』と言わせたくて書いた覚え
が…。今でも大好きなカップリングです。
阿国はエンディング(内輪別名“洗脳”)から属性黒と身内で言ってるんですが、本気で好きになった人には素で可愛いことをしてくれ
そうだと思います。ていうかそうであってほしい。
久々のCP小説でした。
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