「は?お礼?」

   「そう、お礼」

 

   いつものように鍛錬を終え、いつものように並んで座って休憩をとっていた中

   彼女は唐突にそう言った

 

 

 

   ― お礼 ―

 

 

 

   「この間、また貰い物をしたの」

   「それでお礼をしたいのか」

 

   律儀な星彩らしい、と握る斬馬刀を収めてしっかりと話を聞くべく傍らに向きなおった。

   すると空を見上げていた彼女もこちらを向いて会話の場は出来上がる。

 

   「何を貰ったんだ?」

 

   貰ったものによって礼も変わるだろう、とこちらの意見を言う前に詳細を尋ねる。

   よく分かっていないのに答えるな、というのは義父から教わった大切な教えだ。

   問いに星彩はその長い指を口元に沿え、記憶を探るように軽く目を伏せる。

 

   「最初は菓子の類だったのだけど……最近は花とか簪を」

   「か、簪?!」

 

   菓子はまあいい。花も、貰うことはあるだろう。

   けれど簪とは……。

   そんな装飾品を贈る意図は恋い慕っているとしか考えられなくて

   思わず声を荒げてしまった自分に今更ながら焦る。

   だが、星彩は全く気にした様子もなく淡々と言葉を続けていった。

 

   「花までは良かったのだけど、さすがに簪はお礼をしないと悪いと思って。何がいいと思う?」

   「……………………………何って…」

 

   まるで世間話のように、いつも通りの表情で振ってくる星彩に言葉が詰まる。

   ―――意味深い贈り物に対するお返し。

 

   (……そんなものに返すお礼なぞしなくてい………って、何考えてるんだ、俺は!)

 

   慌てて湧き出た自分の思考を振り落とす。がしがしと横頭を掻いて、目を泳がせた。

   星彩が訊いているのは何を返せばいいか、で。別に自分の考えなんて求めていな……

 

   「………受けとってもらえただけで相手は嬉しいんじゃないか?」

 

   またも迷走しそうになった頭を無理やり切り替えるよう答えを紡ぐ。

   それでも滲む気持ちは抑えようもなく、わずかに声が重く、掠れた。

 

   きっと

   きっと、贈った相手は……彼女が共に歩むべき御方だろう、と。

   浮かんだ、守るべき対象に苦さが宿る。

 

   が、そこで彼女は予想もしないことを言った。

 

   「でも相手も女性なのだから、何か返した方がいいと思うのだけど」

   「…………は?」

 

 

   じ ょ せ い ?

 

 

   「ええっと………星彩?」

   「何?」

   「その……貰ったのって劉禅さまじゃ…」

   「貰ったのは城の女官だけど?」

 

   不思議そうに目を瞬く星彩に思わず力が抜け、地へと突っ伏す。

 

   「関平?」

   「……………………何て紛らわしいんだ…」

   「? どうしたの?」

   「………何でもない」

 

   ともかく、憂いていたことは全く見当はずれだったとそっと胸を撫で下ろし

   先の質問に対して答えるべく身を起した。

 

   「女官というと、前に桃饅を貰っていた女官と同じなのか?」

   「うん」

   「だったら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   「………………これは、何に使うの?」

   「ん?いや最近栗が取れたらしいから、それを使った菓子でも作ってお礼に代えたらちょうどいいかと思って」

 

   饅頭粉を片手に振り向いた関平をしばし見つめた後、黙ったまま星彩は台に広がった色とりどりの食材を見下ろした。

   大降り栗に小豆、種々の粉類、調理器具。果ては共に出すのか茶の葉まで準備されている。

   何とも手際良いかつ的確な働きだった、と父に伝えてもいいだろう。…目の前の彼が全て揃えたのでなければ。

 

   「…関平って料理も出来たのね」

   「料理ってほどじゃないよ。ただの菓子作りだしね」

 

   いつも通り人の良い笑顔を浮かべそう否定するが……。むしろ菓子を作れるほうがすごいんじゃないか?とぼんやり思った。

   何気に料理が出来ることも否定していないし…。

 

   「………………」

   「? 星彩?」

   「…………関平は料理が好きなの?」

   「え? …うーん、好きってほどじゃないけど…。

    義父上のもとに来る前に“ある程度のことは出来るようになっておけ”って母さん、あ、実の母上に言われて覚えたんだよ。長い

    戦の時には重宝するしね、確かだったなと思ってる」

   「……そう」

 

   頷けばまたにっこりと笑って、関平は用意した材料を手に調理を始め出した。

 

   ………しかし、“ある程度のことは出来るように”と言って菓子作りを習わせるとは…。

 

   「………………」

   「? 星彩??」

   「……何でもないわ」

 

   それって“花嫁修業”じゃないか?などと言えるはずもなく、手伝うべく転がっていた栗を一つ拾い上げた。

 

 

 

   ――そうして、数刻後

 

 

 

   「………………」

   「………せ、星彩?」

   「………………」

   「あ、と…。こ、こういうのは気持ちが大事だからさ。うん、喜んでくれると思う、よ?」

   「………………」

   「は、歯ごたえありそうだし」

   「……慰めになってない」

   「ごめん…」

 

   蒸したての柔らかな湯気があがる中、竹の器につやつやの栗饅頭といびつな…煎餅?が一つずつ転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

   「なあ、星彩。俺なんか悪いことしたか?」

   「? 何故です?父上」

   「いや…………」

 

   怪訝そうに首を傾げる星彩の手にある皿に載せられた“もの”を見下ろし張飛は小さく息をついた。

   ――――これは、煎餅…なのか?いや、でも星彩は饅頭と言っていたし…。

   何とも固そうな茶色の塊だ。下手をすれば奥歯の一つや二つ、軽く砕いてしまえるかもしれない乾燥ぶりに口元が自然と引きつる。

   “それ”を食べろ、と差し出されれば何か悪いことでもしたのか?と訊ねても仕方がないだろう。

   …しかし

 

   「……………何でまた菓子作りなんて始めたんだ…?」

 

   目に入れても痛くない愛娘が作ったと言うなら無碍にも出来ず、一つ手に取り、迷いながらそう問うた。

   言葉に娘が二度、瞬く。

 

   「……“ある程度のことは出来るように”なっておこうかと」

   「はあ?」

 

   意味の分からぬ答えに間抜けな声を返す。

   が、星彩はそれで全てだと…この手にあるものを口にするのを待つべく、ただひたすら真っ直ぐな眼差しを向けてきた。

   ――――分かんねえ。 けど、……逃れることは出来ねぇんだな…。

 

 

   決死の覚悟で放った甘い香りの煎餅?は思った通りがりり、と岩のごとき音を立てた。

 

 

 

                                                               05.12.04UP

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   関平は絶対器用だと思う。 んで、星彩はボタンも縫えないぐらい不器用だといい。(マイ願望再び・笑)

 

 

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