「どうして孫は妾を連れて歩いてくれるのじゃ?」

 

          まるで今思いつきましたと言わんばかりのぽんと出た質問に、一瞬前まで告げようとしていた言葉が飲み込まれる。

          純粋なる疑問。

          いつもながらの問い。

          だからこそ厄介なそれに、どうしたものかと額をかいた。

 

 

 

        ― その理由 ―

 

 

 

          問いが発せられる前までと全く関係ないそれは会話を中断してもなお聞きたかったことなのだろう。逸らされることなく

          据えられる視線に孫市はしばし悩む。

          “戦のいろは”がどうしてこんなことになったのやら。

          嘆息すれど時が巻き戻るわけもなく。一度求めた答えを得るためならどこまでも貪欲なこのお嬢さまをいかにして納得

          させるか、最良の法を導き出すべく頭の中を漁った。

 

          第一にとりあえずでも何か言わないとこの少女が黙ることはない。それこそ延々と問う。

          第二に現在の状況は面倒な依頼も終わって比較的暇な言い訳のきかない状況だ。

          そして至極まずいことについさっきまでのその依頼で一つ賭けをしていたりする。

          ―――出す指示を全てこなしたら何でも一つ言うことをきいてやる。

          保護者と庇護者の間でよく交わされるそれに、このお嬢さまははりきりにはりきってくれた。

          結果どうやっても逃げ場がない今ができあがることになってしまい。

 

          (………これだから有能なガキってのは性質が悪いんだよな…)

 

          依頼以上の疲労感に脱力する。

          が、いつまで経っても見上げる視線が逸れるわけはないので、渋々ながらも孫市は口を開いた。

          幾重もの膜で覆ったひどく遠まわしな言葉を。

 

          「そういうことを真面目に言ってくるから、か?」

 

          疑問を含む言葉に、案の定わけが分からないと首を傾げるのが見える。

 

          「そういうこととは例えばどういうことなのじゃ?」

 

          ……やっぱりそう来たか。

          問われたことにもう一つ用意していた台詞を引き出す。

 

          「嬢ちゃんがいつも言ってるようなことさ」

          「いつも言ってること……?」

 

          うぅん…、と唸り出した少女にこれでしばらくは持つだろう、と安堵の息を心中落とした。

          このお嬢さまの良いところはこういうところである。

          己で見つけ出せそうな答えをきちんと一度探してみるのが少女だった。

 

          (そういったところを逐一説明するのは柄じゃないからな…)

 

          気づくより先に飽きるだろう、と。

          やれやれ、と年寄り臭く肩を叩いていれば顎に手をやり自問していた少女の顔がぐっと上がる。

 

          「言えばよいだけとはずいぶん安上がりじゃのう」

 

          孫はそんなに安いのか、と続けられたことに笑う。

 

          「大人になると言いたくても言えなくなるんだ」

 

          だからそういうとこ一つぐらいは大事にしてろ、といつも通り茶化して終わるつもりだったのだが。

 

          「言えばよいではないか」

          「…それが出来たらお兄さんも苦労しないんだって」

          「なんじゃ、恥ずかしいのか」

 

          得心したように頷く少女に嫌な予感が湧いた。

          …………まずい墓穴掘ったか?そう自問するも遅く。

 

          「だったら妾が一緒に言うてやろう」

 

          ぎゅっと握られた手にぎょっとする。

          一体全体このお嬢さまの思考はどうなっているのだ。

          一緒に言えば大丈夫だというその根拠のない思考に頭がついていかない。

          二の句が継げず黙りこんでいれば、いいか行くぞと言わんばかりに咳払いを一つ。

 

          「妾と孫は一生ダチじゃ」

          「……………………………は…?」

          「妾がいつも言ってることなのじゃろう。ほれ、孫も一緒に言おう」

          「ちょっと、待て…」

 

          どうしてそれが開口一番に出てくるのか。

          痛む額に手をあてて途方に暮れる。

          始終喋り通している少女なのだ。言っていることなんぞ他にいくらでもあるだろうに。

 

          「孫」

 

          まっすぐな瞳が、まっすぐと届く。

 

          「っ、くそ…!ああ、もう分かった分かった!」

 

          早く早く、とせっつかれるままに半ばやけくそで口を開けば熱心に耳を傾けているのが見えた。

          畜生、何でこんな目に。

 

          「俺と嬢ちゃんはずっとダチだ」

 

          言って、途端ににっこりと形づくられた満面の笑みに

          嘘でも冗談でもなく

          言葉を、変えられない真実にしてもいいかとひどく居心地悪い中、思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

          それは、もうずっと前の出来事で。

 

 

 

 

          だけれども

 

          「ダチの危機にはかけつけるって、約束だからな」

 

          だからこそ、今。

          言葉に出来る。

          捩れて曲がって、分かれた道の先でまた出会った今、前に立つことが出来る。

 

          眩しく成長した少女が“いつまでも友だちだ”と告げた表情に変わるまで

          あと瞬き一つ。

 

 

 

                                                              07.12.27UP

 

 

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          戦友のような親子のような、ふしぎな関係な二人が大好きです!(今回イチオシ!)

 

 

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