赤、朱、紅―――…いつかこの身もその色に染まるのだろうか
― 紅日 ―
薄れかけた過去に言われたことがある。
「上を見なくちゃいけないんですよ」
ふわりふわりと飛ぶような軽やかな足取りに、うなじで結った髪が揺れていたのを覚えている。
降り積もる桜を見上げ
けれど触れそうで触れない花びらにこそその意識を集中させて声の主は歩く。
謳うように、言葉を紡いだ。
「上を見て」
「下は見ちゃだめ」
「ただ上だけ」
返答などまるで期待していない、独特の調子。
誰に向けたのか………誰にも向けていなかったのか。
訊くことの出来なかった言の葉。
ただ
「上を見て、いきましょう?」
葉擦れのようなそのさやけきは、濃く胸に残った。
ぐっと拳を握ればわずかな抵抗を感じる。
一体この一日でどれだけの血を浴びただろう。
そう立ち返らせる、ぎこちなさだった。
ゆるりと、今度は反対に手を開いた。
黒地の底に紅が眠っている。
「……ああ…」
上を、向かねば。このような時こそ、ただひたすらに上を。
一度はこの手を離れた槍をもう握ってしまったのだから。
たとえどれだけ不透明な路を歩むことになっても
だからこそ上を向かねばならぬと、今確かに分かったのだから。
「 」
風に流され消えた名に、踵を返した。
今、武田は一つの時代を終える。
06.04.15UP
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長篠の戦が後。
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