あめがふる音がする

 

 

 

― 雨音に消えぬよう、この手を ―

 

 

 

「風邪をひかれますよ?」

「…趙雲」

 

静かに流れる雨を見つめ、動くことなく回廊の只中に佇んでいた少女へと声をかける。

それに俯いていた顔を上げ、彼女の纏っていた静謐が揺らぎこちらを向いた。

 

「春の雨だから大丈夫だよ」

「それでも温かくはないはずですが?」

 

目線を合わせて微笑む彼女にそう反論する。

 

「そうかな?」

 

言ってするりと雨の中へとその手を差し出す彼女の、その細い腕に自然と眉を顰める。

 

 

彼女、は自分の主がどこからともなく連れてきた少女だ。

初めて会ったときはこんなにも警戒心のない者がいるのだろうかと思うほど幼げで、戦と遠い雰囲気だけがただ伝わってきた。

戦乱の世に突如現れた少女。

突然なのは彼女も同じで、それなのに全く違う環境に放りだされていながらも彼女は戸惑うこともなく

その笑みが消えることもなかった。

温かな笑みに気さくな性格も伴えば自軍の中へという存在が浸透していくのは早く、彼女自身も明るい表情で穏やかに過ごしていた。

 

そう思っていたのだけど

ある日彼女は言ったのだ。

絶えず浮かべていた笑みのままに

帰る場所はないのだと、そう自分に言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「趙雲?」

「…冷えます、から」

 

羽織っていた外套をの肩へとかける。

それにありがとうと言って、また彼女が柔らかく笑う。

 

いつからだろう、その笑みに酷く胸が痛くなったのは。

 

 

 

「雨は嫌いじゃないんだ」

 

ゆっくりと彼女は降り止まぬ雨へと視線を戻す。

その横顔には微笑みが消えることはなく浮かんでいる。

 

「この雨にけぶる景色も」

 

言葉に見やる先は、淡く揺らめくこの景色ではなくて。

 

「この雨の冷たさも」

 

白い指にのる透明な雫へと目を落とし言うのも、今伝わる冷たさではない。

 

「そして雨の音も変わらず好き」

 

絶え間なく浮かぶ笑みの先は、自分の追いつくことのない場所に向けられていて。

 

「変わらないから好き」

 

ずっと遠くて、手の届かない場所に向かっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私たちがいます」

「……趙雲?」

「私が、傍にいますから…」

「………うん」

 

こんなにも不安に思うのは知らぬ地に来た彼女の方だろうに。

それでも、溢れそうに湧き出てくる思いを止めることは出来なくて

言葉を重ねる。

 

言葉で、彼女を留めようとする。

 

 

いつからだろう、彼女の笑みに酷く胸が痛くなったのは。

まるで消えてしまいそうで、不安が止まらなくなったのは。

 

帰る場所はないのだと愛おしさを込めて、泣きそうな笑顔で言った彼女に

言葉もなく、ただ手を伸ばしたのは。

 

 

 

 

 

 

 

きつく握りしめていた自分の手に、ふと温かさが宿った。

 

殿…?」

「趙雲たちがいてくれるから、私はこうして生きてられる」

 

胸を痛ませていた笑みが変わらずそこにあるというのに

 

「いつもそう思ってるの」

 

どうして自分に向けられたときはこんなにも安らぐのだろう。

 

「傍にいてくれて、ありがとう…」

 

言葉に、微笑みに、溢れそうに湧き出る思いがある。

 

 

 

 

一人になれないのは、きっと自分の方で

返る彼女の優しさに

消えぬよう

何度もこの手を伸ばす。

 

 

                                                              05.05.02UP

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伸ばした手が君に届いているかは、分からないけれど

 

お題第一弾は初趙雲でした。

 

 

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