守るは堅牢に。
かつ慧眼を持ってして当たる。
それはあたかも神のごとく。
― 炎神相対す 後編 ―
「虎戦車を北東の拠点へ展開させて下さい。その後は何儀殿…向かって下さいますよね?」
赤く火を吹く虎戦車を横目に陸遜は跪く部下へと目をやった。
「はっ!
…しかし、陸遜殿………本当にこの地を燃やすのですか…?」
恐る恐る尋ねてくる何儀に陸遜は微笑を返す。
「良い地ですからね…」
「え…た、確かに枯れ木も見受けられることは…」
「今まで貴方がどのように私を見てたか分かりましたよ」
「え…」
全く目が笑っていない陸遜に微笑まれ、冷や汗を流しながら後ずさる何儀。
それを放って、陸遜は再び戦場へと視線を戻す。
「たった一年でここまで変わるとは思いませんでした…」
そう、この江陵の地は以前自領であった場所だ。
東西を結ぶ交通の要所として元から悪くはない土地だったが、今はそれ以上に活気づいている。
いや、いたと言った方がいいか。
目の前に広がるのは戦場から逃れるべく去ってしまった、人気ない街だ。
「…流石に良心が痛みますね」
そこここに発展の後を見ながら陸遜は小さくため息を零す。
「ですが、だからこそここに立ちたいと思ったんですがね」
自身が認めた諸葛亮を苦戦させる程の国。
それを自らの目で見て、ぶつかってみたかったのだ。
「さて、何儀殿。ここからが正念場ですよ」
「はっ!必ずや拠点確保を!!」
ざわりと風が吹き抜けた。
「これって東南の風?」
髪を揺らした風にが零す。
ていうか仮想モードで何故それを知ってるんだ、。(思わず突っ込み)
「?何のことだ??」
「ん?いや何でも」
へらりと返す横で首を傾げているのは、一人の武将。
「それにしても、子義兄が付いてくるなんて…。結構心配性だよね」
「馬鹿言え、戦場に立てばお前も同じ武将だ。心配する程甘くはない」
「そう?」
ただの武将ではない、と関わり深い太史慈だ。
嬉しげに笑みを向けるの頭に手を置き、一度撫でてから前方の戦場へと視線を促す。
「勝算があるのだろう?」
「当然!じゃなきゃあんな風に豪語しないよ」
信を持って送り出してくれた皆を思い出す。
「ならばお手並み拝見といこうか」
「子義兄にも期待してるからね!」
上げた手を打ち鳴らした向こうには、澄んだ青空が広がっていた。
「北東拠点、制圧完了しました!」
伝令の言葉に一つ頷き、陸遜は自身の得物――閃飛燕を手にした。
「あそこが落ちれば敵本陣は目前です。
今こそうって出ましょう!!」
鬨の声を背に陸遜が一歩前へと進もうとした瞬間。
「誰です?!!」
風を切る音に後方へと飛んだ陸遜の足元には矢が深々と突き刺さっていた。
その矢羽は明らかに敵のもの。
油断なく周囲を探るも、その意味はなく。
陸遜の耳に楽しげな笑い声が届いた。
「流石は名高い武将だね。あっさり避けられちゃったよ」
「…何者です」
草陰から身を現したのは、凡そこの場に似つかぬ年若い少女だった。
「軍 将、」
「将?貴女が、ですか?」
「うわ、しっつれいな反応だなー。これが目に入らないのかなあ?」
そう言って少女、いやが掲げるのは紛うことなき武器。
何よりも言う彼女の目が武将だと如実に伝える。
「…確かに失礼を。ご存知のようですが、私は陸遜。諸葛軍の将です」
「うん。何時ぞやは兄が世話になったって言ってたよ」
「兄…ですか?」
「そう、青い服着ていながら熱い軍師なんだけどねー。まあある意味青いっちゃー青いんだけど」
楽しそうに笑うから視線を外さず、陸遜は記憶を探る。
「………司馬懿殿の妹ですか?」
「っあはははははははははははっ!!ない、それはないからっ!つーかうちの軍に居ないしっ!!ぶっ、や、もう君面白いね!!!」
「…………………それ以外思いつく相手がいませんくてね」
憮然として答える陸遜にまた笑いの発作が甦ったのか、は必死に口元を押さえ耐えている。
それよりも“思いつかん”と言われた兄については何も思わんのか。
「…………何時までも笑っていてよろしいんですか?」
「いや笑いたくて笑ったんじゃないんだけどねぇ…。
やっぱこの為の時間稼ぎだったんだ」
一瞬にして兵に囲まれた中、は緊迫するでもなく立っている。
「分かっていらしたんですか?」
「これでも僕、軍師の妹だしさ」
ただ緊張していないだけではない。刃を向けられながらもその顔から笑みを消すことなく立っているのだ。
まるで不敵なその態度。
「!もしや貴女も時間を…っ」
「遅いよ」
「り、陸遜様っ!」
「っどうしたんですか?」
の言葉に重なるように掛けられた伝令に振り向かず問いただす。
「か、何儀様、朱治様、楽就様が伏兵に囲まれ苦戦とのことっ」
「くっ、…これを狙っていたんですね」
「僕の技能ってさ、天眼っていうんだ」
「っ、…今回は私の読みが浅かったようですね…」
伏兵を見抜く天眼。ただ見抜くだけでなくそれ以上の伏兵をもってして当たる特異な能力だ。
囲まれた三人はいずれも伏兵の技能を持っている。
苦さを隠さず呟く陸遜に再び伝令が近づいた。
「牛金様が、戦闘技能を使われた模様です…」
「なっ」
「牛金の技能ってさー」
もたらされた報に絶句した陸遜へとは含みある笑みで言う。
「っ、突撃、です…が、っ何をやってるんですかあの人はーーーー!!!」
「あははははははははははははーーーーー!!!」
敵本拠地へ向かって叫ぶ陸遜に、は腹を抱えて笑っている。
「ちなみにうちの本拠地には武将を待機させてるから」
「そんなのは分かっていますよ!」
「そう?」
「…………今回は、こちらの負けですね」
撤退の兵を遣わせながら陸遜が言う。だがその表情は言葉と違い酷く楽しげだ。
それはまるで好敵手を見つけたかのような。
「流石は軍師の妹殿、こちらの情報を掴んでいての戦だったのですか」
「やっぱ武将ぐらいは知っていないとさ、一応将だし」
先ほど、牛金の技能を語ろうとしていた彼女に苦笑する。
「ですが、ここで貴女を逃すわけにはいきません」
「まあそれが普通だよね」
例え負け戦となろうとも、こうして首級を挙げる絶好の機会が目の前にあるのだ。
それを逃す将などいない。
傍らの閃飛燕を構え、陸遜は間合いを詰める。
「お覚悟を」
「そうはいかん」
の目前へと迫っていた剣を受け止めるものがいた。
突然の出現に驚くことなく、は目の前の背に笑みを掛ける。
「何っ?!」
「悪いが、こいつを討たせるわけにはいかんのでな」
「遅いよ子義兄ー」
「いいから退くぞ」
「っ通すわけには…」
止められた剣を構えなおし、と太史慈へと向き直るも。
「無理だよ」
「くっ…伏兵、ですか」
数瞬前のと逆に、今度は陸遜が弓兵に囲まれていた。
恐らくは目の前に立ちはだかる太史慈の連れてきた兵だろう。
それはただ一つ腕振るえば射殺せそうなほど隙のない囲みで。
正に首級を取るべき状況だ。
しかしその中、命を下すはずのが庇われていた背から出てくる。
押し留めようとする太史慈に手を振って答え、そのまま彼女は陸遜の近くに来た。
訳の分からないの行動に警戒しながら陸遜は訝しげに見返す。
一体今度は何をする気か。
「陸遜との腕比べ楽しかったよ」
「は…?」
油断なく構えていた閃飛燕が僅かに下がる。
その朱唇から零れたのは何の策でもない。
「だから、中々いい戦だったってこと。本当は北東の拠点、取らせるつもりなかったんだけどやられちゃったし」
「……戦はただの軍略戦ではないのですよ」
「知ってるよ。
でも楽しかったかどうかは個人の問題でしょ?」
ただ笑みだけが消えず向けられる。
「………………………可笑しな方ですね」
「もっと可笑しい人なんていっぱい居るんだけどね」
今度はこちらも笑みを、随分と苦笑に近いものを返して抜き身の剣を仕舞った。
「…今回は退きます」
「うん」
「ですが、次は負けません」
「僕もだよ」
自軍が全て退いたのを確認し、陸遜も踵を返す。
そうして
「今度は邪魔が入らないで会えるといいですね」
「?邪魔??」
「では」
見送るへ一つの言葉を残して去っていった。
「邪魔って…、何の?」
「…………………また面倒なことになりそうだな…」
何度も陸遜の言葉を繰り返すと遠く離れた陸遜の背を見て、太史慈は深く息をついた。
攻めるは炎。
守るは神のごとく。
二つが相対せば、
勝つはいずれか。
「負け戦のわりには嬉しそうですね、陸遜」
「此度の遠征で中々興味深いものを見つけまして」
「…それはそれは。まあ今回の成果はそれだけでもいいでしょう」
「価値あるものでしたよ」
取りあえず炎の方は、再戦する気満々のようだ。
05.04.22UP
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終了ー!いや、……すっごく楽しかったです(笑)あ、炎は陸遜で、神(神童)はのことです。
やっぱりこういうノリが大好きのようで…。陸遜との出会いはずっと書きたかったネタなんですよね。
当初はここまでが格好よくなる予定ではなかったのですが…。太史慈もいい感じですし。
まあ一番は東南の風、と出せたので満足です(そこかよ)。や、嘘です、しっかりと出会えたので満足です。
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