「伝令!様が孤立しているとのことです!!」
その時、衝撃が駆け抜けた。
― 姫の理由 ―
「何だとっ?!!」
敵兵と相対していた剣を払い、陸遜も吃驚な素速さで近づく龍昇に怯えながら伝令兵は繰り返した。
「ふ、伏兵に退路を阻まれ孤立した模様です」
「くっ、何と汚い輩だ!」
そんな伏兵を民でやるお前はどうなんだ(仁兵)。
しかしながら一人で苦悩する龍昇にそう突っ込める者はここにはおらず、兵たちはただ彼の行動を待つこ
としか出来ない。
その苦悩も約1秒で終わり、龍昇は結論を口にする。
「よし、ここはお前たちに任せた!俺は様の救援に向かう!!」
「「「「え…」」」」
言って答えを聞くこともなく背を向ける龍昇に、言われた護衛兵(+伝令兵)たちが固まった。
その速さはどこから来るんだと問えば愛に決まってると答えそうな程、遠い豆粒大の龍昇の背は輝
いている。
輝いてはいるけれど。
「何だぁあいつ。逃げんのか〜?」
「「「「………」」」」
「じゃあおめぇら倒して追っかけるか〜」
「「「「………」」」」
何とも傍迷惑な青春の輝きと、のんびりと言う敵将許チョの言葉に兵たちは一斉に駆け出した。
将に雑兵が適うわけねぇだろッ!!
鬼気迫る彼らの背に今は懐かしいCMソングが流れる。
上司に恵まれない人は〜オー○事、オー人○♪(そんな阿呆な)
命を守るため駆けた彼らの後には塩辛い水滴が残っていたらしい。
晴れた空に濁った煙が昇りゆく戦場の中、二人の兵が間合いを取って見詰め合っていた。
一方は緑の鎧に包まれ、もう一方は蒼い戦衣を纏った者だ。
緊迫していたその空気が、風にのった葉を前に動き出す。
先に動いたのは緑の兵だ。
相対する蒼い男は兵の振りかぶった剣を僅かに左に避け、続く慣性にのせて自身の愛剣を揮う。
一つも無駄のない動きを追う鮮やかな蒼い袖が、まるで舞っているが如く見えた。
洗練されたその一撃に鈍い音を立てて、敵対していた雑兵が倒れる。
「ふ…峰打ちだ…
っていうのにそんなあっさり倒れるな!様の場所が聞けないだろう!!!」
どうしてここで突っ込む奴がいないのか。
どうしてここで阿呆なことを言うのか。
最大の謎(?)をそのままに、勝った男は地に伏した兵の首元を掴み必死に揺さぶるが気絶した者がそう
簡単に起きる訳がない。
数度試んでも結果の出ない行動を止め、震える手で蒼い男――龍昇は兵を戻した。
「っ、ここは、ここは…一体どこなんだーーーーー!!!」
突っ込む人さえ居ないのに、叫ぶ龍昇に答える者が居るはずもない。
蒼い青い軍師様は高ぶる士気のまま駆け、あっという間に迷子となっていたのだった。
「こうしている内にも様がっ」
敵にとっては最もオイシイ総大将。
孤立しているこの状況は、まるで鴨がネギを背負って現れたようなものだ。
当然、狙われないはずがない。
思わず想像した状況に身震いする。
そんな目に合わせるわけにはいかない。そう決意して目指す者のため立ち上がった。
「折角の手がかりもなくなった以上、進むしかない…」
自分で潰しておきながら勝手な台詞をほざき、そこらに散らばる敵雑兵を背にする。
悲痛な表情のまま龍昇は足を進めた。
「様ーーーーーーーーーーーーーー??」
騒音と共に。
「龍昇が孤立したーーー?」
「はっ…」
傍控える伝令の言葉に聞き返した将はため息をついた。
「確か孤立していた人は違ったと思うんだけど」
「その…様の救援に向かった上での孤立のようです…」
「……何つー阿呆…」
援軍に行ったものを助けるなんて馬鹿馬鹿しいことをする羽目になるとは。
「了解。これから軍師殿の援軍へと向かいます。本拠地への伝令を」
「はっ、ご武運を!!」
「……しょうもない救援だけどね…」
呟きをのせて将を運ぶ白馬は目的の地へと走り出した。
「く、まだ伏兵がいたのか…」
ぐるりと囲まれた兵の姿に龍昇は苦く零す。
というかあれだけ自分の居場所を曝した将を逃すはずもないだろうに…。
伏兵も何もあったもんではないが、不味い状況に変わりはない。
唯一の味方である魏王を握り直し、龍昇は気迫のこもった目で敵を見据えた。
数え切れないほどの雑兵の中、槍のような得物を持つ敵将を見つけて声を上げる。
「これしきで俺(の救出大作戦)は阻めん」
「我…敵、倒ス」
「さあ様を返せ!さもなくば後悔することとなるぞ!!」
「全テ…潰スッ!!」
微妙にかみ合ってない会話に戸惑う雑兵。
何なんだこの二人は。一体何がしたいんだ。
通じてないながらも異様に盛り上がっている二人を残し、囲む雑兵の士気は下がっていった。
そこに高らかと蹄の音が響く。
それは例えるなら某暴れん坊○軍(某じゃねえ)のように勢いよく、また調子よく近づいてきた。
あ、もしかしてこれって真打ち?
だったら自分たちは「であえであえー!曲者じゃー!!」と呼ばれてあっさりとなぎ払われる抱えの兵の
ようなものなのだろうか…。
そんなことを雑兵たちが考える間もどんどんと蹄の音は大きくなる。
大きく響いて、
「「「ぎぃゃあああああーーーーーーーーーーー!」」」
周りの雑兵をまとめて轢いた。
「「……………………………」」
士気の高まっていた龍昇と魏延もその余りの惨状に言葉もなく固まる。
累々と倒れる兵を目で追えば、轢いた白馬の主が駆けた慣性に二・三歩歩んでから止まっていた。
逆光に象られた影は細く、真っ直ぐと背を伸ばしている。
凛々しげなその姿は正に窮地を救う者として相応しくはあったのだが。
「何やってんのよ龍昇っ!!」
「っ!?」
愛刀を片手に眉を吊り上げ龍昇に詰め寄る様子は、正直恐ろしい以外の何者でもない。
騎乗のまま睨むの勢いに押されながらも龍昇は答えた。
「だ、お前、様が危機に陥ってるんだ!援軍に行かんわけがないだろう!!」
「だから馬鹿だっつってんのよ!はもう関平がとっくに助けてるわよ!!」
「なーーにーーーーーーー?!!」
「何でそんなあんたの救援なんかしないといけないのよっ!」
「これのどこが救援だ!」
敵の士気を大いに下げたということでは援軍と言えるが(むしろ死期を早めたというか)。
はっきり言って援軍というよりは小言を言いにきた感が否めない。
ぎゃいぎゃいと言い合いを続けると龍昇に、魏延は倒れた雑兵を連れ静かに去っていった。
後に許チョが『“ヤッテラレルカ…”って言ってただよ〜』と証言したとか。
「どっからどう見ても救援じゃん!」
「だからその態度のどこが援軍だと言うんだ?!!」
そんな相手もいない中で彼らはどんどん白熱していく。
「敵に囲まれて孤立してるあんたを助けたでしょ?!」
「助けたというよりあれは交通事故というんだ!!」
「結果が伴えばいいのよ!」
「馬鹿、お前!俺もちょっと掠ったんだぞ?!!」
不自然に裂けた袖口を指差して言う龍昇。実はこれが一番言いたかったらしい。
「怪我ないし」
「あって堪るか!!!」
ぜいぜいと肩で息をする龍昇の言葉にが一つ頷く。
「分かった分かった。んじゃちゃんと援軍らしくするから」
「……は?」
よいしょっと、と言いながら白馬から降りるを訝しげに龍昇が見つめる。
嫌な予感しかしないその行動に一気に龍昇の熱が冷めた。
「いや、もう敵も(いつの間にか)いないし、本陣に戻…」
「無事でございましたか、姫」
「ひ、姫っ…?!!」
「どうやらお怪我もない様子。あのように囲まれた中、貴方様にもしものことがあればとこうして必死に馳
せ参じた次第にございます」
「は、馳せ参じたって…。………………待て、お前の馬何か違わないか?」
普段連れゆくの愛馬は黒毛である。しかし今優しくその手で撫でる鬣は白。
第一今回の戦では彼女は徒歩だったはずだ。
「いえ、姫を救うならば白馬でなくては、と」
「………と?」
益々増していく嫌な予感を抱え龍昇は続きを促す。
「ちょっと敵将からかっぱらってきました」
「かっぱらうなよ!つうか馬もそんな簡単に乗せるなよ!!」
「やはり王子たるもの白馬で現れねば」
「お前は女だ!!!ていうかいい加減その口調は止めろ!!!」
血圧が上がりそうなほど叫ぶ龍昇を無視してはその手をとった。
まるで臣下が主へと忠誠の意を伝えるかの如きその様子に口元が引きつる。
嫌な予感どころか嫌な状況真っ只中の龍昇に更紗は柔らかい笑みを見せた。
そうして一瞬の間に龍昇を白馬の背に乗せる。
「!?!!」
「さ、戻りましょうか、姫」
「な、な、な……」
危なげなく馬上に上げられたことも、自分を前にしてが手綱を操るのも、姫と呼ばれるこの状況も。
紛うことなく、頼れる男性の鏡のようで、城の女官が見たら黄色い歓声を上げそうなものだ。
が、何度も言うようだが、やってる方は女性である。そうして、やられている方は男だ。
もっと詳しく言えば、その男は自分である。
彼女の行動が、頭をめぐる言葉の一つ一つの全てが龍昇の男としての誇りを潰した。
「今回も私の勝ちね、龍昇」
半分灰になりつつある龍昇にはにやりと笑った。
武に長けた大将軍は怒らせると怖いらしい。
その後も戦の度にそのあだ名で呼ばれる龍昇の姿があったとか。
05.04.29UP
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あー、また出たよ阿呆話…。という龍昇が何で姫と呼ばれるようになったか、の話でした。
大将軍殿はしつこく言われるのが嫌いらしい。
一応と龍昇の仲は良いはずなんですが…(笑)。
エンパ番外編でした。
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