「で、いつ貴女は私の本を返しに来て下さるんですかね?」

 

笑顔で言われた言葉に、自室の空気が固まった。

― 本の行方 ―                                    

 

 

 

「ああごめん、最近忙しくって!!な、中々時間が…」

「先ほど尚香様とお会いした時に美しい腕輪をされていましてね。石の色は赤でしたが、形はそうですね…今殿がしているもの

 とそっくりでしたよ」

 

突然訪れてきた陸遜に驚き、最初の言葉に固まらされ、それから何とか立ち直って言った言葉も即浮かぶ笑みに断ち切られる。

裏はしっかり取れているということだろうか。

は数刻前に護衛と称して楽しんできた証である左手に光る青い石の腕輪を恨めしく睨んだ。

 

「まあ、特に必要な本ではないからいいんですけど」

「………長らくお借りしていてスミマセンデシタ」

 

だったら脅すなよ!そう言えばまたあの笑顔が向けられるだろうと、言いたい気持ちを抑えては問題の本を陸遜に返した。

本の題名は『本当は怖かったグ○ム童話』。

 

「それにしても陸遜も変わった本読むよね」

「貴女も読んだものですがね」

 

折角抑えたのにすぐさま無駄にしたの台詞に陸遜は穏やかに応える。

声だけ。

 

(ヤ、ヤバイ…)

 

たらりと流れる汗を感じながらは急いで口を開いた。

 

「や、うん内容は中々面白かったよ!うん!何だっけ?百雪姫とか?」

「白○姫です。本当に読んだんですか?」

 

百雪って一体なんだ。

 

「ん、うーん、一応読みきったんだけど…。覚えてない」

「意味ないですね」

「うわ、速攻で言われたよ…」

 

互いに失礼なことを言い合っているのでそれ以上は言えないのかは口を噤む。

そうして今は陸遜の手に戻った本へと視線を向けた。

 

 

「というよりは目を逸らしたっていうのが正しいかな」

「読む以前の問題ですね」

「………」

 

いや、まあ確かにそうだが、こう…何だ?多少は気を使ってくれるとかしてくれてもいいんじゃないだろうか。

そんなに軽い言葉に聞こえたんだろうか、と自分の言葉を振り返り首を捻るを無視して陸遜も手元の本へと目を向ける。

 

殿には理解できないでしょうから、仕方ありませんか」

「し、失礼な…」

 

幾ら何でも物語ぐらいは理解出来る。

 

「この本はある意味平和ですからね」

「いや思いっきり凄惨だったけど」

 

何せ暗く、恐ろしく、人間の裏をまざまざと見せつけるような話ばかりだったのだ。

別に、それが怖くて内容を読み解かなかった訳ではないのだけれども。

 

「平和ですよ。

 こんな事、今のように生きるだけで精一杯な時代じゃ考えもつかないでしょうし」

「………」

「ですよね?」

「……だから軍師って苦手なんだってば」

 

真っ直ぐに向けられる笑みから視線を逸らす。

今度の笑みは、それまでと違ったから。

 

「さて、そろそろ甘寧殿に執務をして頂かないといけない時間ですね」

「…甘寧“が”なの?」

「勿論甘寧殿“が”ですよ」

 

自分の執務はどうなったんだ。

 

「当然済ませてますが?」

「だから軍師って苦手だ!!」

 

今度は違う意味を込めて同じ言葉を繰り返す。

 

「これだけ顔に出しておきながら何を言うんですかね」

「…くぅ、これだから軍師は…」

 

むしろ軍師というより、陸遜は、という方が正しいか。

 

「あんまり失礼だと、こちらにも考えがありますが?」

「流石は軍師殿ですな!」

 

一転して爽やかな笑顔を見せるに陸遜は肩を竦め、退室を告げる。

窓から覗く空で光る陽が、思っていたよりも傾いていたのだ。

応じて送り出す言葉をから受け取り、部屋を出る。

 

「ああ、一つ言い忘れが」

「!な、何…?」

 

扉の目前で振り返れば、まるで一仕事終えたかのように額を拭っていたと目が合った。

 

 

「その内こんな話の一つや二つ出てきますよ」

「…………」

 

絶句するを尻目に、陸遜は笑みを返して扉を閉めた。

 

 

 

 

 

「…………本当に、軍師ってやつは…」

 

容易く人の内を見抜いてしまうのは戦関係だけにしてほしい。

 

 

生きる以上を望む、そんな本の中だけのことがいつか起こるなんて。

 

 

「………やっぱ駄目だろう」

 

もう暫くしたら机へと縛り付けられるだろう甘寧を思い、は一つため息を零して自身も残る竹簡に向かった。

 

 

それでも、生きることを心配しないでいられる平和は目指してもいいかもしれない。

 

 

 

                                                                 05.04.18UP

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う、わ、…分かり辛い…。

えっと、陰謀や策略って平和な時にしか出来ないんじゃないかと思います。いや出来るかもしれませんけど(どっちだ)

そういうことよりはまず生き延びることに精一杯という時代だったんじゃないかと、勝手に想像してしましました。

ひっぱる『本当は怖かった〜』ネタ…。今回で最後にしたい。(時代背景無視しすぎ…)

 

 

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