※ キリスト教徒の方は気分を害される可能性があります ※

 

 

 

 

                 ―――――ぴちゃん、ぴちゃん…。

 

                 何かの跳ねる音に、まぶたを上げた。

 

 

 

              ― この夜に ―

 

 

 

                 「あれ?起しちゃった?」

 

                 ぼんやりと霞む瞳を瞬けば、ふっと頭上に影が落ちる。

                 それを認識するよりも早く、額に重く張り付く前髪をさらりとした手がゆるやかにかき上げるのを感じた。

                 ――――冷たい。

                 じんわりと染み込む感覚に目を伏せる。

 

                 「あー……、まだ熱下がってないね」

                 「ね、つ…?」

 

                 再び明るみへと視界を戻せば、微かにしかめられた顔。

                 見慣れたそれに言葉を返すものの自らの声はひどく掠れていて。

                 何とも聞き苦しい音に今度はこちらの眉が寄る。

                 喉が引きつるように痛かった。

 

                 「そう、熱。

                  陸遜、風邪引いたのよ」

                 「かぜ…」

 

                 どれだけ痛く聞き苦しくても応えてしまうのは軍師たる性か。…もしくは性格か。

                 訳の分からない思考と行動は深くついた息にのせて追いやり、傍らを見上げる。

 

                 「…ど、して…」

 

                 疑問の形にさえならなかったが、相手には伝わったようで

                 絞っていた布を自分の額にのせた後、言葉にならなかった音を拾う。

 

                 「どうして女官に任せないかって?」

 

                 問いかけにゆっくりと頷く。

                 些細なその動作にさえ鈍い痛みが生じてなおさら眉間が寄ってしまった。

                 それに相手は苦笑して『目を見れば分かるから動くな』とずれた布を直し言葉を続ける。

 

                 「何かね、今日って大事な日らしいから」

 

                 あんまり遅くまで拘束するのはどうかと思って。

                 肩をすくめてそう言う彼女に呆れのため息をつく。

                 それは自分就きの女官を勝手に返された不満というわけではなく。

 

                 「だから代わりに私が看病しようかなー、と」

 

                 言うだろうと思った言葉にうな垂れる。

                 将ではないとはいえ護衛官として長く仕え、信も置かれているくせに何故こうも単純なのか。

                 先まではとは違う頭痛に額を押さえた。

 

                 「……で?」

                 「ん?」

                 「………大事な日なら、こんな所で油を売ってて、いいんですか?」

                 「私には関係ないし」

 

                 あっさりばっさり切って捨てた彼女に更なるめまいが生じた。

                 それを馬鹿にされたと取ったのか、いくぶん不機嫌そうに理由を告げてくる。

                 曰く、『よく知りもしない人間の誕生祝いなんざしてもしょうがない』らしい。

                 何とも彼女らしい、一辺倒な見方だ。

                 恐らく……いや確実に裏にひそむ謂われなど知りもしないのだろう。

 

                 けれど

 

                 「…………確かに、祝う筋合いも、ありませんね」

                 「でしょ?」

 

                 浮かんだ“大事”と言われる所以を沈めて、ただ同意だけを返した。

                 そう、確かに自分も彼女も他人の生を祝うほど暇でも優しくもないのだから。

                 だから肯定だけを返して、諸々の意味をうやむやのうちに流す。

 

 

 

                 そうして

 

                 彼女は立ち去らず、そのまま沈黙とともに時だけが過ぎ

 

 

 

 

 

                 「あ…」

 

                 うつらうつらとたゆたっていた思考が不意の音に持ち上がる。

                 見れば火桶近く座っていた彼女は背を向けていて

                 一心に宵闇に染まる外を、開けた窓から見つめていた。

 

                 「、どの…?」

                 「あ、ごめん寒かった?」

 

                 否、と今度は言われた通りに目だけで伝える。

                 それをしっかりと汲み取ったようなのに、彼女は『あとちょっとだけ我慢してね』と詫びてきた。

                 …………伝わってもあまり意味のない伝達法に、やるせなさを感じている内に目的を終えたのか踵を返

                 し彼女が戻ってくる。

                 その動きを追っていた自分の目の前に、すっと手が差し出された。

 

                 「雪、ですか?」

                 「そう」

 

                 彼女の手の平、ゆるゆると溶け出した白い塊に目を細める。

                 そこから視線を外して向かう瞳を見上げれば、零れそうになっていた雪を乾いた手ぬぐいで拭って彼女は

                 閉めた窓へと視線を移す。

 

                 「さっき降ってきたみたいなんだ」

 

                 見える横顔を柔らかく緩め、そう呟く。

                 どこか懐かしげなのは郷愁か、哀切か―――それとも乞う心か。

 

                 詮無い自分の考えに不快感がつのるよりも早く、彼女が振り返る。

 

                 「いいこと思いついちゃった!」

                 「……何です?」

 

                 ぽん、と胸の前で手を合わせるほどの浮かれ様に。嬉しそうな笑みに……滲む感情は容易く払拭され、

                 常のままに続きを促せた。

                 それに彼女は『知らない人の誕生日なんて祝えないけどさ』と過ぎた会話を掘り起こし

 

 

                 「けど、生まれた雪を楽しむのはいいかもね」

 

 

                 にっこりと。

                 至極名案そうに

                 そのくせこちらが答えるよりも早く、楽しげに告げた。

 

 

 

 

 

                 「…………………病人に言う台詞じゃありませんね」

 

                 情緒もなく返せば途端に言葉を詰まらせ、視線を泳がせた後憮然とする。

                 きっといくつもの雪の活用法を並べ立てていたのだろうと分かる正直な反応に声へ出して笑ってしまった。

                 結果ますます下降していく隣の機嫌と痛む節々に苦笑が零れる。

 

 

                 「でも」

 

                 今降り積もる雪を楽しむのは無理だけど

 

                 「また雪が降ったら………それもいいかもしれませんね」

 

                 言葉にする間にも大きく見開かれた相手の瞳から目を逸らし、衣を被り直す。

                 ――――どうやらこの頭はかなり熱にうなされているらしい。

                 そう決め付けて、背を向けた。

 

                 が、

 

                 「…………陸遜、熱上がった?」

                 「……………」

 

                 恐る恐る訊ねくる声にこめかみを引きつらせ、“回復したら一発ぶち当てよう”と

                 一度は否定した、未だ踊る雪の活用法を心に決めた。

 

 

 

                                                                05.12.24UP

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                 しょうもないものですが、メリークリスマス!

 

 

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