今の世は、夢よりももっと夢らしい場所。
目を閉じて再び開けた頃にはもう何かが変わっている。
そんな世界。
― 虚無の光 1 ―
昨日までは呼べば答えてくれた。
昨日までは一緒に馬鹿馬鹿しい遊びに戯れていた。
昨日までは、そこで笑っていた。
全部、全部大切なものだったのに。
からん、と鳴った音に目の前の男たちが振り向く。
手から滑り落ちたその弓を拾うことも出来ず、私はただ彼らを見つめた。
「何だ、まだ居たのか」
「………」
にやにやと至極楽しそうに笑う男たちの手は、血に塗れている。
誰だ?こいつらは。
どこだ?この乱された場所は。
何だ?
あの紅は。
「おいこいつ女だぜ」
「男みてぇななりをしてるがな」
「そりゃあ運がいい。何せここの奴らは女のくせして刃向ってきやがったからなあ」
低くくぐもった笑いが巻き起こる。
「勿体ねぇことしちまったぜ」
それが、酷く頭に響いた。
木々の連なる街道に風を切って走る二頭の馬影がある。
黒毛を巧みに捌く赤い服に身を包んだ男が、少し遅れた後ろの者へと声を張り上げた。
「山賊が入ったって村はこの辺か?!」
「は、はいっ!も、もうしばらくかと!!」
「っち時間が掛かったな…ってお前これぐらいでへばるなよ!修行が足りねぇぜ!」
「も、申し訳…」
「それはお前が突出し過ぎてるからだ、孫策」
徐々に離れつつあったその二頭に追いついた一頭が、遅れていた騎乗の主の声を打ち消す。
追いついたその見事な栗毛に乗るのは、先頭の男と同じく赤を基調とした服を着た者だ。
彼に呼ばれた男――孫策はその声に嬉々として振り向いた。
「周瑜!」
「前を見ろ!ついでに大将が前線に出るなと何度言ったら分かるんだ!!」
「ついでじゃ聞けねぇなあ」
「孫策っ!」
怒りを込めに込めた周瑜の声に孫策は話題を逸らすため、視線を更に後方へと移す。
土煙の先にいくつもの影が見えた。
賊の報告に纏められた討伐隊の影である。
それを満足そうに見て孫策は前方に顔を戻した。
「ここらで叩いておかないとな…」
もう何度も逃してしまっているのだ。
国の中枢にいる身として、民の上に立つものに関する身としてこれ以上の暴挙を許す訳にはいかない。
「その為に自ら赴いたんだろう?」
「ああ、お前も付いてるしな!」
「…どちらかと言えば目付けの意味合いが強いんだが」
馬の足音にさえ消えないため息と共に言う周瑜に乾いた笑いを返して、孫策は遠く目を眇めた。
「おっ塀が見えてきたな……、あれは!」
「っ遅かったか…」
簡素な塀に囲まれた小さな村から、黒く濁った煙がいくつも上がっていた。
「くそっ!…いやまだ生きてる奴がいるかもしれねぇ!行くぜ周瑜!!」
「ああ!」
進む速度を一層速め、二人は目指す村へと駆けた。
倒された木々、焼き尽くされた家屋、踏み荒らされた大地。
そのいずれもが、生を感じさせない。
「孫策」
「…居たか?」
焼け崩れた住居跡の中、振り向きもせず言う彼に周瑜は苦渋を滲ませた声で“否”と答える。
連れてきた兵を散らせ隅々まで探させても、返ってくるのは絶望的な報告だけだった。
全滅。
自身も見た、村人たちの変わり果てた姿が思い浮かぶ。
「周瑜」
「…何だ?」
長い沈黙の後、掛けられた孫策の言葉に周瑜は彼の元へと近づいた。
そうして隣に並ぶことで彼の影に隠れていたものに気がつく。
「女性までも、手に掛けたのか…っ」
無残にも切り捨てられた女の姿に、周瑜の握る拳に力が増した。
「違う」
「何だと?」
「これを掴んでたんだ」
孫策の手元へ目を向ければ調理用の、どこの家庭でも見られる刃物がのっている。
その先端には、少量の血痕。
「……抵抗、したということか…」
「ああ」
そっと、彼にしては珍しく丁寧に女の傍へ刃を戻した。
「彼女は……自らの誇りを護ったのだろう」
賊に捕らわれた女は言葉にし難い苦痛を強いられる。それが耐え切れなかったというのが恐らくの理由。
「誇りは護っても、命は護りきれてねぇじゃねぇか」
苦く、絞りだすように言う孫策に周瑜は目を伏せた。
「伝令!」
慌しく上がった声に二人は瞬時に気を纏う。
戦での、それへと変える。
「敵か?」
「はっ!…いえ、その…」
「何だはっきりしねぇか」
「敵では、ないと…いえですが…」
「「?」」
纏ったそれを僅かに揺らし、二人は訝しげに視線を合わせた。
05.04.18UP
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アップしようかどうするか悩んでいたのですが、『主人公の位置づけが分からない』と相棒に言われたため
アップすることに。
そりゃあ分かりませんよね…。スミマセンでした。
この連載はそんなに長くはならない予定ですが、ギャグ濃度は極めて低いかと…(え、その方がいいですか
?)。 はっ!な、名前変換が一つもない!!
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