そこに立つは、人か修羅か。

 

 

 

             ― 虚無の光 2 ―

 

 

 

               言い淀む兵を促し、問題の場所へと足を運べば、

               そこは紅に染まった場所だった。

 

               (………これは)

 

               目の前に広がる光景に周瑜は息を呑む。

               崩され、破壊された建物。そこから上がる濁った煙を透かして、信じられない光景が広がっていた。

               幾人もが地に平伏し、届く風は鉄の臭いを重く含んでいる。

               村を歩く中で生を手放した者たちを何度も目にしたが、これほどのものはなかった。

 

               まるで戦場の居るかのような。

               もしくは、それ以上の狂気か。

 

               一帯を紅く染めた中、ただ一人佇む少女が握る細長い刀から静かに紅が滑って地に落ちた。

 

 

 

 

 

               緊迫した空気に皆動くことが出来ないのだろう。兵たちはそれを遠巻きに囲み、困惑した表情でこちらを伺っ

               ていた。

               自然に張り詰めていた気を抑え、周瑜は冷静に場を見やる。

 

               事切れた者たちは十中八九、賊の者たちであろう。

               数十体のそれらは統一感のない風体をしているが、全員左手に青の布を巻きつけていることだけは同じだ。

               それは賊の仲間と認識する術。

 

               ならば。

 

               (この全てを、彼女が倒したのか…)

 

               倒しはしたものの、この数を容易く捌けるはずもない。

               少女の体には、返り血に染められた中にも眉を寄せたくなる傷がいたる所に見受けられた。

               傷の程度を確認しながらも、更に情報を探す。

               身なりは何の変哲もない…それは男性のものでも変わりなく、どこの街や村でも見られるものだ。

               そして、それに身を包む彼女の左腕に青い布はない。

               得たことから導かれる身元は、襲われたこの村の居た者となる。

               住民にすれ、旅人にすれ、当然賊と相容れることなどないだろう。

 

               けれど、

               血に塗れながら身じろくこともなく、顔を俯けて立ち尽くす姿は何かの彫像のようで。

 

               生などそこには一つもないと、感じさせる。

 

 

               背を撫でた冷たさを、瞬くことで拭う。

               何にせよ、恐らく事の全てを知るのは彼女だけだ。

               このまま放っておくわけにはいかない。

 

               (問題はどう刺激せずに意識をこちらに向けるか、だが…)

 

               容易く声など掛けられる雰囲気ではないことなど明白だ。

 

 

               「おい」

               「っ孫…」

 

               思考を廻らす周瑜の傍らで、唐突に声が上がった。

               それに驚き、咎めようと名を呼ぶ間もなく。

 

 

               ―――ギィンッ

 

 

               金属がぶつかり合う、甲高い音が鳴った。

 

               「孫策っ!」

               「っ、いきなりかよ…」

 

               黒い髪を揺らして襲いかかってきた少女の刀を孫策の武器が受け止めている。

               その速さは正しく風のごときで、揮う剣技も目を瞠るものだ。

 

               ただ、それは将である孫策を上回るものではない。

               彼も少女が賊でなく庇護すべき対象だと理解しているのか、攻撃に移ることなく防御に徹している。

 

               「落ち着けって」

               「っ…」

 

               孫策が声を掛けるも少女が反応することはなく、向ける刀にのる力は強まるばかりだ。

               それに受けた傷が開くのか、肘の先から血が滴り落ちている。

 

               (このままでは不味いな…)

 

               周囲の兵に手を出さぬよう指示を与え、動くことの出来ないこの状況をどう打開するか周瑜が逡巡する中、

               少女の口が緩やかに開かれた。

 

               「どうして」

 

               小さく、掠れた声。

               初めて聞いたそれに、孫策の眉が困惑気味に寄せられた。

 

               「どうして!どうして奪うことしかしないんだ!!」

 

               徐々に大きく叫ばれた声は、少女の持つ得物以上の切れ味を持っていて、

               何よりも、その悲痛さを伝える。

 

               言い切った後口元を震わせ、それを無理やり押し込めるように強くかみ締める。

               ぎり、と音を届かせたその一連の行動が見るものの胸を酷く痛ませた。

 

 

 

               「っ馬鹿か、お前は!」

               押し留めていた武器を逸らし、少女の刀を滑らせてから

               孫策はその頭上に手刀を降らせた。

 

               「そ、孫策…?」

 

               引きつった声で名を呼ぶも、こちらを振り向くことなく彼は衝撃に腰をつく少女の前に屈み視線を合わせる。

               不利なその体制でも刀を構えることを忘れない彼女の前で、笑う。

 

               「俺たちが賊じゃねえって、目を見れば分かるだろ?」

               「っ……」

 

               息を呑み、瞬いた彼女の瞳がその時始めて自分たちを見た気がした。

 

               「もう終わったんだ」

               「………」

 

               強く握られていた刀が少女の手から離れ乾いた音を立てる。

 

 

 

 

               「……………………終わっ、た?」

               「ああ」

 

               微かに、届くか届かないかの声で言う彼女に孫策は静かに頷く。

 

               「……終わったんだ…」

               「そうだ」

 

               繰り返すその言葉にも頷いて返す。

               ただ瞳を揺らす彼女に対して、彼は逸らすことなくそれを見つめ続けていた。

 

 

               「…何もかも」

               「それは違う」

 

               長い沈黙を経て零れた言葉に、孫策は瞬時に首を振った。

 

               「何も、ないのに…?」

               「あるじゃねぇか」

 

               その言葉に、悲痛な表情を浮かべ少女は叫んだ。

 

               「何も、残ってないっ!」

               「ある」

               「何が?!」

               「生きてるだろ」

 

               目を見開いて、顔を上げた少女に彼は再び笑みを向ける。

 

               「生きて、る…?」

               「ああ、生きてる」

 

               驚愕を拭うことが出来ないのか、呆然と聞き返す少女の言葉に肯定を返し

               孫策はゆっくりと彼女の頭に手をのせた。

 

               「生きてるんだ」

               「…………っ」

 

               少女の顔に流れた一筋の血が、まるで涙ように見えた。

 

 

 

                                                                05.04.20UP

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               何とかアップ出来ました…。エラク難産でした。

               何で当事者視点で書かないんだ、私…。いや、周瑜にも出番をと思って…(言い訳です)

               今回も名前変換がなくて申し訳ない!次回には名前呼んでもらえる予定です。お待たせ致します(汗)

 

 

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