自分が見ていない間にも、廻るものはあって。

 

 

― 廻るもの ―

 

 

その日もいつも通り執務を終えるべく筆を走らせていた。

 

「りっくそーん!」

 

そう、さっきまでは。

 

「何ですか、その頭の悪そうな呼び方は…」

「ひ、酷っ!折角お誘いに来たのにっ!」

 

意気揚々と扉を開いたのは自分と同じ呉の武将である少女だ。

 

「お誘いって、貴女はこの机にのるものが目に入ってないんですか?」

「ん?竹簡とか竹簡とか竹簡だね」

「だったらそんな台詞が出るはずもないんですがね」

 

全く、嫌になるほど清清しい笑顔で入ってくるなんて。

自分への当てつけかと思う。

 

「後で手伝ってもいいからさ、ちょっとだけ付き合わない?」

「…………貴女に出来るものがあるかどうかが問題ですよね」

「ほ、本気で酷いな…」

「まあ言っても連れて行く気のようですし。さっさと済ませるのが無難ですね」

「! うん、じゃあ行こう!!」

「はいはい…」

 

なるべく早く済むことであればいいのだが。

 

 

 

 

 

「ね、見てみて、今朝見つけたんだ!」

「…………………………何かと思えば蒲公英(たんぽぽ)ですか…」

「うわ、すんごい呆れた顔…」

「特に珍しいものでもないじゃないですか」

「えー、春って気がするでしょ?」

「………何ですかその理由」

 

でも、確かにいつの間にか周りは春に染められていて。

どれだけ自分の視野が狭まっていたのかが分かる。

 

「蒲公英の花言葉ってさー」

「……花言葉?」

「…まあその『似合わねぇー』って顔は置いとくとして、

 “神託”なんだって」

「……そんな大仰な花には見えませんけど」

「ほら、綿毛に願いをのせて一息で飛ばしきったら叶うとか言うでしょ?そこから来てるみたい」

「ああ、ありましたね、そういうのも」

「夢がない…」

 

ジト目で見られるも、まるで子どものそれにどう返せというのやら。

 

「何か軍師にはいい花って気がしない?」

「いえ全く」

「! 即答かよ!!」

「神託ならまだ道士の方が合ってるでしょう」

「う、まあ、そうだけどさ」

 

言いよどんで、その細い指で素朴な黄色い花弁を撫でる。

 

「何でもかんでも一人でやるよりは、こういうちょっとした助けでもあった方がいいかなー…なんて……」

 

聞き取りづらく言う彼女の言葉に瞬く。

次の戦は自分に任されていて、今日もそれに追われていたのだけど。

 

「……溜め込んだつもりはないんですけどね」

「! や、別に陸遜のことを言ったんじゃなくってね!何て言うか、その、ああ一般論ってやつ?」

「はいはい」

「っ、ぐ、軍師には関係ないことだしね!」

「そうですね」

「………その余裕が腹立たしい…」

「余裕がなくては軍師は務まりませんしね」

「こ、これだから軍師ってやつは…」

 

もう何度も聞いたお決まりの彼女の言葉に笑う。

 

「では折角の“神託”ですし、有難く使わせて頂きましょう」

「………軍師に関係ないって言ったくせに…」

 

 

 

自分の見ていない間にも廻るものはあって。

それは季節なり、時間なり色々とあるけれど。

 

人もきっと。

 

 

                                                    05.08.12収納

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蒲公英って字、私はすらっと読めませんでした…。

これも春〜夏の間拍手をかざっていた話です。

 

 

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