見上げた空は清々しい青で
変わらずそこにあった
けれど、変わらぬそれに
何度伸ばしても
決して手は届かないのだと、知った
― 尚も遠く 3 ―
山賊が動き出したからか、緊張の伝わる陣中をは一人佇んでいた。
その目の前を何人もの人間が通り過ぎていく。
蒼い鎧に身を包み、手にそれぞれの得物を握ってすれ違う一人一人から戦の気配が伝わった。
その緊迫した中でも兵たちは自分が副官を勤めると知っているのか、視線が合うと皆一礼していくのに苦
笑する。
そんな大層なもんじゃないんだけどな…
むしろ新参者もいいところである自分を、賊討伐とはいえすんなりと受け入れるのはどうだろうとさえ思って
しまう。
腕を組み、視線を遠く見やると、離れた山を囲う濃い緑が見えた。
そこに今回討つべき賊がいる。
雲ひとつなく晴れ渡った青空を彩るように繁るその木の葉を、山から吹く風が揺らした。
随分と活気づいてるな。
山の気に紛れて伝わる戦特有の高揚感に口を緩める。
「そうでなくちゃ面白くない」
あと数刻もせずにぶつかるであろう賊の士気には恐れている様子は全くなく、通常であればそれは対する
ものとして憂慮すべきことなのだけど。
「立てた策には必要不可欠のものだからな」
一層笑みを深めて組んでいた右手を顎に添える。
どうやらこのままいけば策は上手く成ってくれそうだ。
深い緑を見やって目を細める。
ならば今度はその策を味方に伝えなくてはならない。
そう考えてから、ふと先の天幕での会話が甦った。
何であいつに喋っちゃったんだろ…。
思い返されたのは自分の『守りたい』という言葉だ。
「……誰にも言うつもりはなかったんだけどな」
以前仕えた主の話でさえ、普段の自分であれば答えることはないのに。
旅する中で常に追い求め、渇望している根底の思いまでも口にしてしまうとは。
どうかしてる。
そう思い、苦々しく頭を振る。
本当に、気づくよりも早く、何故かすんなりと答えてしまったのだ。
白い天幕に囲まれた中で見据えられたあいつの、雇い主の視線が脳裏に浮かび上がる。
長く癖のない髪に彩られた中で、強くその存在を主張しているきつめの双眸が何かに重なって…
「何を間抜け面している」
「! だ、誰が!」
「お前以外の誰がいると言うんだ」
「っ、この………、
…まあいいですよ。それでは雇い主殿、我が策をお聞き頂けると嬉しいのですが?」
丁寧だか丁寧じゃないのか微妙な言葉を隣に立つ男に向けてやる。
それに彼は片眉を上げ、可笑しそうに目を細めた。
どうやら全く込めた皮肉は通じていないらしい。むしろ楽しんでいるようにさえ見えてムッとした。
それを表に出さぬよう、何とか引きつる口元を押さえて人気のない場所へと移動する。
しばらく進み陣の中央の隠れる物のない、開けた場所で足を止めた。
周りの気配を数瞬で探り、問題ないことを確認して隣に向き直る。
「弓ぐらいは払い落とせるよな?」
「当然だろう」
「そう、まあ一応守りはするけれどね。んじゃ、ここでいいか。
…さっきの伝令、何て言ってたんだ?」
「ああ…斥候の話によれば山頂から賊の一団が動きだしたとのことだ」
「やっぱりな」
眉一つ動かさずに言われた言葉に頷いて返した。
それに彼は腕を組んで見下ろしていた視線を自分から逸らし、木々に溢れる山へと移す。
「これだけの敵意が伝わるのだからな。相当士気は高いだろう」
「うん、だろうね。…でもそこが狙い目なんだな」
「……策のことか?」
「そう。…聞く?」
「今更何を言っている。早く言え」
「一応尋ねるのが礼儀だろうに…。…恐らくこの士気の高さは一度兵を負かしたことからきている。まあ、兵
の数は賊の二倍だったのに勝ちを掴み取っているんだから当然だな。しかもその戦いでは早々に相手を
撤退させているとなれば、当然今回も勝つつもりで意気揚々と山を下りてきてるだろう」
一旦息をつき、目線を上げれば“続けろ”というように顎で促された。
異論がないようだから彼もそう考えていたのだろうと、ちらりと山を見やってから続きを口にする。
「…問題である前の戦闘から分かるのはただの賊じゃないこと。つまりは頭の指揮がしっかりしてるってこ
とだ。それは負かした第一隊を深追いしてないことからも分かるしな。
となれば、この頭を倒さなければ勝ちは難しい」
「それだけ手馴れている頭目なら、うかつに前線に出てこんだろう」
ここまでは彼も考えていたのだろう。というかその程度が分からなければこうして指揮などとってるわけが
ない。
顎に手をやって見やる彼に、にやりと笑みを返す。
「第一隊と同じならね」
「…いぶり出す気か」
「当たり。流石だな。
前の勝ち戦と同じように押してる状況でたった一人、前とは違って手下を倒す人間がいたらどうする?そ
いつ以外の兵は退いていて、そいつも手下を倒しるけど苦戦していたらさ、頭である自分が動こうって思
わないか?」
「……だが、それではその囮が危険だろう」
「ん?大丈夫だよ、私が行くし」
これまでと違い眉を僅かに顰めて問うてきた彼にあっさりと言ってやれば、口を引きつらせて額に手をやり
ため息が投げかけられた。
「何だよ、その呆れかえった様子は」
「お前は馬鹿じゃないのか馬鹿なのか…、いや馬鹿か」
「なっ、何で馬鹿呼ばわりされなくちゃいけないんだ!」
人がせっかく策まで立ててやったのに!そう続けて言えば、右手に隠れていた視線が向けられる。
それに、一瞬息をのんだ。
「何故そこまでする?」
「え…」
「…お前は私に忠誠を誓ったわけではないのだろう?」
言われたことに、口を固く閉じる。
確かにこいつの言うとおり、ただ契約しただけの関係で囮など普通はしない。
「どうして、そこまで動く?」
「………それは 」
「そ…子桓様!」
じっと見据えられる瞳に、何よりも囮となることに違和感を感じなかった自分に戸惑い、視線を地へと向けた
瞬間上がった声にびくりと肩が揺れた。
緊張感の滲む兵の声に未だ向けられていた視線が、迷いながらも逸らされる。
それに安堵しながら、遠く聞こえた声が段々と近づいてくるまでの時間をもどかしく待った。
徐々に見えてきた蒼い鎧に、詰めていた息を小さく吐く。
そうして隣に立つ男の前に兵が跪き、情報を伝えるのを横目で伺いながら僅かに距離を取った。
「………何だ?」
「賊の旗を山中腹にて発見!後三里ほどの距離です」
「…分かった、ただちに軍を纏めよ」
「はっ!」
命を受けすぐさま走り去る兵を見送って、彼はこちらを向いた。
そうして何か言おうと口を開いたけれど。
「じゃあ策の通りで!」
「な…」
「いいか、他の兵を上手く引かすのを忘れるなよ?!それが山から離れて相手の地の利も崩すことに繋が
るんだからな」
「おい」
「あ、あんたは絶対に前線に出るなよ?出来るなら目立たないところで大人しくしててくれ!」
返事を返す間もなくまくし立て、決められた配置に向かって走り去ろうと背を向ける。
振り返ることもなく、そのまま行こうと思っていた。
「」
「………な、んだ?」
思っていたのに、どうしてもその声には逆らえなくて、ゆるゆると頭だけ彼を向く。
振り向いて、
後悔した。
「生き延びねば至上は手に入らんぞ」
「…………………」
「それとも違う意味で至上の生活を手にする気か?」
「………生きて手にするに決まってんだろ」
そう言い返せば、そいつは満足げに笑った。
笑っていて、だから、一度止めた足を動かして、走って離れた。
「………何なんだよ」
乱れた息に胸を押さえ、右手の槍を強く握る。
「何で、あんな目をしてるんだ…」
まるで何かを追い求めているような、そんな目を、どうして。
「っ、だからか…」
そう考えて、唐突に理解した。
誰にも言うつもりがなかった旅の理由。
ずっと渇望し、望んでいたものへの思い。
どうしてか、すんなりと答えてしまって。
天幕で副官のことを尋ねる前に、どこかを見ていたあいつの横顔を思い出す。
それは、
「あいつも、何かを探してるのか…」
それは、酷く似ていて。
「…、今は関係ない」
どこか奥が、確かに揺れたのをきつく目を閉じて追いやった。
今は、まだ
ただ目の前の戦場だけを
05.05.16UP
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スミマセン。前中後編でも終わりませんでした…。何故こんなに話が大きくなってるんだろう…。
ていうよりも曹丕さんが柔らかすぎ…。『その才知、冷徹さは父にも匹敵する』って4の取説で書いている
曹丕さんは一体どこに…。取り合えず、何とか次回で終わらせたいと思います…。申し訳ない。
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