眠り姫シリーズ ― side.夏侯惇 ―

 

「おい、……っと」

 

城下の治水の件で訪れた彼女の執務室は自分のものと変わらない。

とても君主のものとは思えないその質実さに彼女らしさをみて苦笑する。

その部屋の中央で今度は珍しくも うたた寝をする彼女が居た。

 

(いや、そうでもないか…)

 

弟子として自分が武へと導いていた頃には何度か見られた光景だったことを思い出す。

毎日早くから日が暮れるまで只管まっすぐに戈を振るっていた彼女だからこそ、時に糸が切れたかのように睡眠を求めた。

今回もきっと変わらず無茶をしていたのだろう。

 

ただ、その手に握られているのは戈ではなく、筆なのが唯一違うことだろうか。

 

それに幾許かの距離を感じていたことを、首を軽く振り頭から閉め出す。

今するべきことは昔も現在も変わってはいないはずだ。

 

 

 

「起きろ、

声を掛けながら軽く肩を叩く。これで通常ならすぐに起きるはずだ。

 

「…ふぇ?…っす、すみません!寝ていました師匠!!」

「………」

 

どうしてこう、彼女は……。

昔と全く変わらない反応に、言葉が出ない。

 

 

 

「師匠?」

「…。俺がこれから言うこと、分かっているよな?」

「うっ…」

「言わす気か?」

「……『懸命と無理は違う』…ですよね」

「ああ。もちろんその次も覚えているだろう?」

「…………でもこれだけは…」

 

尚も言い募る彼女の手元にある書簡を手に取る。

つい先ほど起こすまで彼女が手がけていたものだ。が、

 

「…読めんな」

「…返すお言葉もありません…」

「それなら、分かってるな?」

「……はい」

 

今度は大人しく従う彼女に笑みが浮かぶ。どうやら読めない字を書いていたということに多少の衝撃を受けたようだ。

 

「じゃあ、行くか」

「え、し、師匠?!」

 

黙って彼女の手を取り歩き出すと案の定驚きの声が上がった。

 

「…元譲」

「あっ…」

 

もう何度も嗜めた呼び方への注意を促す。

 

「まだ寝ぼけている証拠だな」

「……」

「どこともしれん所で寝られては困るからな」

「…そんな子供ではありませんっ!」

「そうか?」

 

声を上げながらも解かれない手に安堵を覚え、息をつく。

 

 

今はまだこの距離を…。

 

 

                                                                05.04.09UP

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眠り姫シリーズ二本目です。

これこそ名前変換!と胸を張って言えると思いたいです。

が、夏侯惇が言ってる“師匠呼び→×、元譲呼び→○”のこととか分からないですね…。これにもちょっとしたエピソードがあるんです。

……は、早めにアップできるよう頑張りたいと思います!!

お読み頂き有難うございました!

 

 

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