周瑜様からの使いで行った陸遜の部屋で久しい名前を聞いた。

 

 

 

― 思い、願うかたち ―

 

 

 

「張角って……黄巾の乱の資料なんて今頃どうするの?」

「…軍師の机の上を覗くのは誉められた行為ではありませんよ」

 

竹簡を置いた際にちらりと見えた名に聞けば“休憩に”と茶を用意していた陸遜が眉を顰める。

 

「折角人が手に入れた茶を振る舞ってあげようと思えば…」

「ご、ごめん!以後厳重に気をつけます!!」

 

若干言葉をおかしくしながらも謝った。

本当に珍しく陸遜からの申し出でお茶がのめるのに、こんな些細なことでふいにしたくはない。

自分に非があるのも間違いではないし、もう一度しっかりと謝れば陸遜は『気をつけて下さい』と釘をさして茶受けの並べられた卓へ

着くよう言ってくれた。

 

「軍師というのは何もこれから起こる戦のことばかりを考えているわけではありません。

 むしろ済んだ戦から学ぶことの方が多いんです」

 

手に持つ湯飲みを傾け一口飲んでから陸遜が言ったのは先の質問の答えだ。

言われたことに考えれば確かに自分のように武を求める者でも終えた戦いに見出すものは多いと、納得して自身も適温の茶に口をつ

ける。

ということは机の竹簡は黄巾の乱を軍略的に解釈したものだろうか。

そうぼんやりと結論づけて、件の乱に関わった名前をつらつらと頭に思い浮かべてみた。

教祖である張角、彼に従いついた張梁に張宝、その下で武を揮っていた将などの名前が浮かんでは消える。

 

 

 

「……あの頃ってさ、結構難しい時代だったよね」

「まあそんな昔ってわけではないですけどね」

 

問いかけに答えていないようだが、返す陸遜の言葉に否定はない。

それに言葉の意を汲んでくれたのだととって、先の言葉を補うことなく続ける。

 

「人道的に批判されることをしていたから黄巾の乱は起こったんだろうけど、

 張角の言葉を通じて世を嘆く気持ちが集まるのは無理もなかったんだろうな、と思って」

 

確かに黄巾党のしたことは許せないことだった。

けれど、ただ嘆く気持ちが溢れ、教えという形に縋った人もいたのだろうと考えると…。

 

「……やっぱり乱世って難しいね」

 

そう思ってしまう。

黄巾の元に集った彼らを繋いでいたのは一つの思想で。

繋いだ思想の全てが間違っていたのかと言われると、答えることが出来ない。

むしろ自分で言った“人道的”という言葉の定義も、難しいと感じる。

 

 

「本当に殿は護衛のくせして繊細ですよね」

「くせしてって……。まあ、繊細かどうかは分からないけど、考えてもどうしようもないことだとは思う…」

 

もう今は終わったことで、実際には信者がどう考えていたかなど分かるはずもない。

初めから、考えても答えが出ることではないのだ。

 

それでいいんですけどね

「ん?何か言った?」

 

思考にふけり手元の湯飲みを揺らしている時に言われた陸遜の言葉が聞き取れなくて、問い返す。

 

「……殿は」

「?」

殿はどうして呉に使えてるんですか?」

「へ?何?」

「聞いてるのは私ですよ」

 

質問に質問で返さないで下さいと言われれば意図の分からない彼の問いかけでも答えぬわけもいかず、口を開く。

 

「孫策様と呉の皆が好きだから」

「それが答えですよ」

「は…?」

 

彼はそう淡々と言うが全く意味が分からない。

何の答えかさえ分からず戸惑っていると、陸遜は一口茶をのんでから説明しだした。

 

「黄巾党の彼らは自分の考えを突き通して、結果ああなったんです」

「う、うん?」

 

それでもいまいちよく分からずいる私に彼は根気よく続ける。

 

「生きる世が乱れていたという基盤があろうとも、教えに縋り行動したのは自分たちで決めてそうしたんです」

「…うん」

「そうしてその黄巾を討ったのも彼らを否定する人間が考え、決めて起こした行動です」

「うん」

「結局は黄巾党も討伐隊も、……殿も私もそうやって自分で決めてきた。

 そういうものなんですよ」

 

言い切って飲みきった湯飲みに茶を継ぎ足すため陸遜は視線を外した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………人間ってぶつかり合うしか出来ないのかなぁ…」

「そうですね」

 

ぽつりと言えばすぐさま返事は返ってきて。

内容に、少し憮然とする。

 

それじゃあ、この乱世は終わらないと言われたように感じてしまう。

 

まるで勝手なそんなことを考え、眉を顰めていたら

陸遜がその眉間に指を伸ばしきた。

そうしてぐりぐりと皺を伸ばすように押し付けてくる。

 

「?!!」

「何のために私たち軍師がいると思ってるんですか」

「は…?」

 

突然の行動に本日二度目の間抜けな声が出た。

 

「力のみでぶつかり合わない為に、言葉というものがあるのでしょう?」

「…あ」

「一応言葉を操る術は持っていますから」

「……そっか」

 

随分と基本的なことを忘れていた自分に呆れながらも、思い出せたことに、陸遜が言ってくれたことにおかしくなる。

おかしくて、嬉しくて、思わず声を出して笑った。

それを見て、陸遜も“仕方ない人だ”というように笑みを返してくれた。

 

 

貴女みたいな人もいますし

「?何か今日陸遜の声小さくない?」

「空耳は老化の始まりらしいですよ」

「ろ、老化っ!?……自分と同世代になんつーこと言うんだ」

「ああ、それに時間に気を配れなければ護衛としても危ないですかね?」

「!あああ!やばい!陸遜早く教えてよ!!」

 

がたりと椅子を揺らし立ち上がって窓から見えた空は随分とその色を変えていて、主に告げた時間はとうに過ぎていると伝える。

 

「それが貴女の勤めでしょうに」

「ぐっ、…、じゃあご馳走様でした!」

 

にっこりと笑みとともに言われれば反論することも出来なくて、慌てて陸遜の部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食い込んだ予定がどんな形になって返ってくるかと、恐怖を耐え走るの後ろ姿を見送る。

もう随分と小さくなっていて、相当必死なんだなと苦笑した。

 

そうして、わざとぼかした自身の言葉を振り返る。

 

 

護衛のくせに繊細で。

 

「…それでいいんですよ」

 

 

そうして、

言葉を操る自分たち軍師がいて。

 

「そんな殿みたいな人もいる」

 

 

遠く小さくなった背に、微笑みを向けて陸遜は部屋の扉を閉めた。

 

 

                                                            05.05.05UP

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護衛シリーズ兼お題です。

さんは陸遜にしかこういう話を出来なさそうですね…。

いつの間にやらこのシリーズの彼はかなり頼れる人になってしまいました。

ていうかこれはお題とあってるのか…?………神=自らを突き動かす象徴ということでお願いします!(無理やり・汗)

 

 

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