初めて会ったのは…?
― 理由 ―
その日はいつもと変わらない長閑な日で。
「…くはぁ〜〜」
抱えていた湯飲みを下ろし、息をつく。
やはりお昼のお茶は格別だ。
「随分と年寄り臭いな」
笑みを含みながら言われた言葉に緩めていた眉を上げる。
くつくつと笑っているのは、机を挟んで共に茶を飲むこの部屋の主。
「安い給料捻り出して買ったお茶なんですから堪能させて下さいよ」
「まあ俺も相伴に預かってる身だしな」
尚も微笑みながら頷く呂蒙におかわりと言いつつ、熱い茶を淹れてやった。
「それにしても殿、今日はお休みなんですか?」
呂蒙と違い大人しく茶を飲んでいた陸遜がに問う。
極自然に音も立てず湯飲みを卓へと戻す陸遜の手つきに“さすが坊ちゃん”などと到底本人には聞かせ
られないことを考えながらは首を横に振った。
「今日は呂蒙殿の補佐に回ってくれって勅命下ったから」
「ああ、孫策様の仕事溜まっていましたからね…」
「周瑜殿も大変だな…」
一瞬遠い目をする二人には先程以上に眉を跳ねさせる。
「物事に捕らわれないだけじゃん」
絶対違う。むしろあの人は何も考えてない!そうツッコミたいのを堪えつつ残る二人は茶を啜った。
彼女は自他共に認める大の孫策好きなのだ。
勿論色恋沙汰のものではなく、純粋な尊敬として。
「それでどうして周瑜殿の護衛をしてるんですかね」
陸遜の呟きに呂蒙が反応する。
「言われてみればその通りだな。なら意地でも孫策殿を守りそうなものだが…」
戦場では護衛。城内では補佐がの役目だ。その何れもが周瑜の直属である。
「………幾ら私でも、下された命には逆らわないって」
語尾に近づくにつれ訝しげに見つめてくる二対の視線からが逃れていると、激しい音を立てて部屋
の扉が開かれた。
「暇だ〜〜〜〜っ!!!」
「「「甘寧(殿)!」」」
重なった声はしかし三者三様の意を含んでいた。
一つは咎め、もう一つは呆れ、最後の一つはまるで援軍に応えるかの喜びを。
誰が誰かは言わずもがな。
「なあ呂蒙のおっさん、何か面白ぇことでもないか?」
「お前という奴は、執務も済まんうちから何を馬鹿なことを…」
「おっ!も居たのかよ!よし、こうなったら手合わせでもしねぇか?」
「何がこうなったらなのかさっぱり分かりませんが、取りあえず私も居るんですがねぇ」
たった一人増えただけでこうも騒がしくなるとは…。流石は呉だ。
「そんなの甘寧殿だけですよ」
「え、今の顔に出てた?」
「しっかりと」
軍師の慧眼に頼もしさを感じるべきか恐ろしさを感じるべきか。やはり恐ろしさか。
陸遜の微笑を意識して視界から外し、続いていた後の二人のやり取りへと目を移す。
あれだけ呂蒙が嫌だと言ってるのに、甘寧もよく粘るものだ。
と、その甘寧が勢い良くを指差した。
「?」
「じゃあと手合わせしてやらあ!!」
「は…?」
そうして今四人が居る場所は城内の鍛錬場。握る得物はこれまた真剣だ。
(何でこんなことに…。ていうか付いてくるんなら呂蒙殿が相手せばいいのにっ!!)
至極最もなことを考えながらは愛刀を構えた。
対する甘寧は楽しげに鼻歌なんぞ歌っている。
(……適当に済ませよう)
そう決意したに、甘寧が何か思いついたようで嬉々として語りかける。
「ただの手合わせじゃつまんねーから、何か賭けるか」
「嫌…「「それはいい!」」
「よし!決まりだな!!」
名案だとばかりに言うがたった今手抜き宣言を(心で)したこっちにとっては堪ったものではない。即断ろう
と口を開いたの声は、しかし甘寧に伝わることはなかった。
「………」
「どうしたんだ?(これで護衛の理由が聞けるな)」
「きっと戦場に居るかのごとく緊張感を感じれますよ、殿!(はぐらかされたままでは性に合いません
からね)」
しれっと言う軍師二人を無言で睨みつけるも全く先の発言を覆す様子はない。
つか真剣を使う手合わせのどこが“ただの手合わせ”なんだ!!
力いっぱい否定したいが、呂蒙と陸遜という軍師組(=頭も口も回る)が相手では到底無理な話だろう。
「………お願いします(後でみてろ…)」
「おう!いつでも来い!!」
晴れた空の下で、金属音が重なった。
「む、無理。護衛が、将軍に、勝てるわけが、あるかっ!!」
「ふつー護衛が、ここまでボコに、出来るわけも、ねぇけどな…」
両者共に息を切らせ、得物を下ろす。
結果はやはりというか当然というか甘寧の勝利だ。
当初はやる気の欠片もなかっただが、賭けてからは正に戦並みの士気で刀を揮った。
そういう訳で甘寧もぎりぎりの状態である。
「まあ勝ちは勝ちということで。
……殿、白状して下さい」
俺の権利なのに!そうツッコミたいが、言う陸遜の笑顔に甘寧はしぶしぶ口を噤んだ。
「…それって悪役の台詞だよ、陸遜」
「殿」
「……いやぁいい汗かいたなぁ、ハッハッ」
「殿」
「分かったって!言いますよ!!」
「そうですか?ではどうぞ」
知らぬ者ならば見惚れそうな笑顔を向ける陸遜に苦々しい視線を投げかけ、ため息と共には口を開
いた。
「そうだな、あれは五年前…私は少し離れた村に住んでいた祖母の見舞いのために家を出てたの」
(((結構まとも…?)))
かなり失礼なことを聞き手三人が考えているのを無視し、は尚語る。
「当時私たちの集落周辺では賊が出没していて、私も用心のして刀を持って行っていたんだけど…」
「そこでその賊に会ったのか…」
こくりと呂蒙の言葉にが頷く。
「どうもこの刀目当てで襲ったみたい。まあ後は私が女だったからってところかな」
「ちっ、賊の風上にも置けねえ奴らだな」
甘寧が苦々しく舌打ちする。それに苦笑するが、あの時代にそんなことはざらにあったことだ。
「見舞いの品をあげても駄目。持っていた花を渡しても駄目。結局は戦うことになったんだけど、数が数だ
し私の方が押されだして中々危なくなってきたところに…」
「孫策様ですか…」
「あの時は後光が見えたなぁ…」
思い出しながら感嘆の息をつくに呆れた目を向け、陸遜は先を促した。
「本当に結構危なかったんだよね。
そう囲まれて賊の一人の刃が私に届きそうになった瞬間、孫策様の銃が…」
「「「銃??」」」
「あ、やば…」
孫策の武器はトンファーだ。銃なんてそんなものはこの時代にあるわけもない。
「!殿それって…」
「陸遜あれまた今度返すね〜!」
「やっぱり!!」
力では将に適わないものの足の速さには自信のあるは、言った時にはすでに遠く駆け出していた。
その後ろ姿を見つめ、陸遜は深くため息をつく。
「何のことだ?!陸遜?」
「私の本にある一編を真似た話が今の話なんですよ」
「「は?」」
「西から取り寄せたものなのですが、『本当は怖かったグ○ム童話』というもので…」
「「はあ?」」
「童話といっても馬鹿に出来ません。これが中々興味深いことを載せているんです。一例を挙げますと、ま
あ火を使ったものとか炎を使ったものとかなんですが」
「「陸遜…」」
もう温かな春であるはずなのに、ひゅるりと肌寒い風が二人の背後に吹いた。
「…」
呼ばれた声には足を止めその主を振り返る。
「周瑜様、もう仕事終わったんですか?」
「良いのか、あのように言って」
こちらの問いかけには答えず、今まで自身が居た場所を見やる周瑜に肩を竦める。
「立ち聞きは趣味が悪いですよ」
「………」
どうやら誤魔化しは効かぬらしい。今度はこちらをじっと見つめてきた。
まあ、彼と後もう一人には誤魔化しなど通じないと分かっているのだが。
「…いいんです。聞いていて気分の良い話でもないし」
「……そうか」
「そうなんですよ」
それに語らなくとも、
「まあ私と孫策が知っているしな」
「………………だから軍師って苦手です」
「そうか?」
くすりと微笑う周瑜から目を逸らし、再び駆け出す。
もうそろそろ彼らが追ってくるだろう。
だから。
「……別に周瑜様の護衛、嫌じゃないですからね」
「…それは、光栄だな」
意趣返しはこれぐらいにしておこう。
初めて会った時のことは、これからも忘れない。
例え忌々しい記憶と背中合わせのものだとしても。
それでも十分私には輝かしいものとして残っているのだ。
けれど、それも今こうして笑っている眩しさには適わないかもしれない。
05.04.15UP
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初めてしまった“護衛シリーズ”。どうしても呉が書きたくて…。ちゃんとした名前変換が書きたくて…。
まあ見事に失敗ですが。(遠い目)どうにも私はギャグから離れられないようです。(今更)
陸遜の言っていた『本当は〜』からの一編とは、『赤ず○ん』です。分かり辛くてスミマセン…。
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