ゆらゆらと揺れる水面。

               この先はどこへ続いているのか。

               細く、長く、廻り廻って、どこかへと辿りつくのか。

               辿りついて、何も分からなくなるほど沈んでゆくのだろうか。

 

               だったら、

               人も、人の思いも、どこかへ流れてしまえばいいのに。

 

 

 

            ― 流動 ―

 

 

 

               「何してるの?」

               「……

 

               懸かる月も傾いた深夜、独特の調子で届く波音の中に一人佇む者がいた。

               かがり火も照らさぬ闇で簡素な柵に腰掛けた男。

               それが今振り返った凌統だ。

 

               「……こそ、御大将から離れていいのかよ?」

               「さっき呂蒙殿が尋ねて来たから邪魔しちゃ悪いと思って気を利かせたところ」

               「それはそれは、さすが都督殿の護衛だ」

 

               小さな口笛と共に返される。

               ほんの少し先に座っている彼の顔は見えなくて、でも薄っすらと笑った気がした。

 

               「……ずっと、ここに居るよね」

               「ずっとってのは、随分曖昧な言葉だな」

 

               顔は向き合っているけど、視線はきっと私の方を向いていない。

 

               「今夜の軍議が終わってから、ずっと、だよね」

               「……お前本当に仕事してんのかよ」

               「だからこそ気付いたんだけどね」

               「………気付くなよ」

 

               護衛を称す身でいて周囲の気に鈍感など話にならないだろう。

               そう言えばおぼろげな輪郭の中で、また彼が笑った。

 

 

               「別に私は凌統の表情なんて見えてないんだけど」

               「何の、ことだ?」

 

               息が詰まったかのような一瞬の間の後、そう返される。

 

               「こんな光も届かない場所だと反対に雰囲気の方が敏感に伝わってくるんだよね」

               「…………」

               「笑う気もないのに笑っても無意味だよ」

               「………………だから、気付くなっつーの」

 

               長いため息の後、彼を取り巻く気配が変わった。

               まるで冬の只中のような、酷く殺伐としたその空気。

 

 

               「俺の明日の任務はお偉いさんの護衛だと」

               「諸葛亮さんだったね」

 

               数時間前の軍議を思い出し、首肯して言うと微かに凌統の眉が顰められた気が伝わる。

               呉の命運をのせたこの戦で重要な鍵を握る彼を守ることが、凌統の役目。

               命を下された時は無表情に受けていたけれど。

 

               「……俺は、そんなことの為にここに来たんじゃない」

               「うん」

               「…何でそこで頷くんだよ」

               「見てたら、分かるよ」

 

               例えば今の言葉を呂蒙などが聞いてたらきっと彼を窘めただろう。

               それだけ諸葛亮殿に重き置いているし、戦は個人のものではないから。

               だけど私は、それが出来ない。したくない。

 

 

               沈黙が落ちる。

 

               こんな時、自分はとても無力だ。

               ただ黙ってここに居るだけで、それが彼をまた苛立たせているのかもしれないのに、それしか出来ない。

 

               沈黙に耐え切れず、視線を波へと逃がす。

               遥かかなたに立ち並ぶ炎が見えた。

 

 

               「…前に、さ」

               「ん?」

               「周瑜殿を見習いたいって…言ったことがあったよな」

 

               緩く口を開いた凌統の言葉に記憶を掘り起こす。

 

               「…孫策様のこと、だよね」

               「ああ」

 

               未だ血の滲む傷を残した彼の人達について共に語ったことがある。凌統が言うのはその時のことだ。

 

               「孫策様が逝った後の周瑜殿は、しっかりと立っていた」

               「そうだね」

 

               それは背に多くのものを抱えてだったけれど。

 

               「悲嘆にくれることもあったのは知ってる。それでもあの時俺には随分と眩しく見えたんだ」

               「…ああいう将になりたいんだったよね」

               「でも、違った」

               「………」

 

               遠くひしめく強敵を挟んだ岸に、波がまた一つ打ち寄せる音を響かせる。

 

 

 

               「父上を、殺した」

               「うん」

 

               孫家の思いを込めた戦で、凌操殿は帰らぬ人となった。

               追い求めた仇を屠った先で、また新たな仇が出来たのだ。

 

               「それなのに、戦の後には仲間ときてる」

               「そうだね」

               「……殺してやりたいって考えが、頭から抜けねぇ」

 

               家族の死。それに対する憎しみ。

               一国の主であろうと抱えた思いだ。彼が抱えぬはずもない。

 

               「でも、凌統は殺さないんでしょ?」

               「…………」

               「凌統は分かってる。この戦乱の世では一つでも力が必要なことを…

                殺し殺されの連鎖を、分かってる」

               「……だから黙って受け入れろっつーのか?」

 

               苦々しく、まるで血を吐くように凌統が言葉をひねり出す。

 

 

               「そんな訳ないじゃん」

               「…は?」

               「殺すなっては言うけどね。黙って受け入れるなんて無理に決まってるでしょ」

 

               頷いて言うと呆気に取られたような声が返ってきた。

               それに笑う。

 

               「…………意味分かんねぇ」

               「何も命を取るだけが術じゃない。

                納得いくまでぶつかるってのは、アリでしょ?」

 

               また、沈黙が落ちた。

 

 

               「…………………アリ、か…?」

               「アリだ」

               「すっげー自信」

               「それが人間だしね」

               「……納得いくなんてこと、なさそうだけどな」

 

               柔らかく彼が微笑う雰囲気が伝わった。

 

               「凌統だしね」

               「何だそれ」

 

               今度は声を上げて笑った。

               最初とは全く違う、どこか温かなそれに自分も微笑む。

 

               「…取りあえず、明日はやることはやる」

               「当然でしょ」

               「んでアイツとぶつかってやるさ」

               「じゃあかなり手柄たてないとね」

               「それこそ当然だろ」

 

               言って凌統が立ち上がる。立ち上がって歩いて光の当たる場所まで来て。

               そうして見えた彼の瞳は、強い色を含んでいた。

 

               「行くか」

               「うん」

 

 

 

               ゆらゆらと揺れる水面。

               それに人を重ねる者もいるけれど。

               中に込めた意味は儚さでなく、その壮大さこそにあるかもしれない。

               どちらかなんて誰にも判断がつかないけれど。

 

               ただ、きっと彼は

               何かを見つけたのだ。

 

 

                                                               05.04.15UP

               ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

               一番上のモノローグは凌統。最後のはの気持ちで書いています。

               三国無双4では凌統にやられてしまった方が多いと聞きます。かく言う私もそうですが(笑)

               彼の章をプレイして感じたことが少しでも表れていればいいのですが…。難しい。

 

 

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