は今、かつてないほど真剣に悩んでいた。
「うーーーーーーん」
唸りながら向けた視線の先には一巻きの竹簡と墨の満ちた硯、筆が並んでいる。
気分を変えようとこれらを抱えて中庭の東屋に来たものの…。
「……どうしよう」
睨み続けること数分、未だ問題は解決していない。
まだ綺麗な竹簡の冒頭は何度読み返しても変わることなくそこにある。
『尊敬する人について書きましょう』
流麗な文字で書かれたその題目には深くため息をつくのだった。
作文を出されました
はこの国に来るまで兄である龍昇に師事を受けていた。
仮にも軍師。
例え熱く挑発に乗りやすく凡そ軍師らしい扱いをされていなくとも、軍師であることに変わりはない。
一応それなりの知識は揃えているのだ。(とっても失礼)
そうして多くを学んだは兄に追いつかんばかりのものを身に着けていた。
大抵の大人には負けることのない弁をも得ていた彼女だったが、しかし我が国最強の彼には例に漏れず大変弱かったのだった。
『はまだ学ぶべきことが多い年だからね。私でよければ色々教えさせてくれないか?』
劉玄徳。
彼のこの言葉と笑顔によっては再び学を受けることとなる。
そうして数週間。
毎日欠かさず行われる授業は意外なことにとても楽しかった。
龍昇のときにも聞いた世情や政治学、兵法のみでなく日常の些細なことまで劉備は優しく丁寧にへと伝えた。
龍昇よりよっぽど役に立つ。
そうに感じさせるほど、劉備は師として彼女に適していたのだった。
「うう〜〜〜〜〜ん」
先よりも深くなった唸りに気付くものがいた。
何かとこの兄妹に関わってしまう苦労人、太史慈である。
そしてやっぱり今回も彼はに声を掛けずにはいられなかったのだった。
「どうしたんだ?」
「子義兄!ちょうどいい所に!!」
顔を上げ笑顔を見せてくれたことに太史慈はホッとした。
が、『いい所に』といいながら腕をガシッと掴まれた時にはその安堵も嫌な予感へと変わる。
「な、何だ?」
不安を感じながらも尋ね返してしまう。それが太史慈という男の所以だった。
(絶対、厄介なことになるんだろうな…。)
その彼の予感は見事に的中することとなる。
「はあ…作文ねぇ」
「うん、惇将軍と急な視察が入ったからって劉備さまが…」
しげしげとから受け取った竹簡を眺める。
所謂宿題というものだろうか。
さすが劉備、見事な先生ぶりである。
「それで何を悩んでるんだ?」
これぐらいならすぐに終わらせるだろう、という言外の問いにはもう一つため息を重ねた。
「それが…「どうした!!!!」
太史慈に答えようと口を開いたの言葉に被さった(むしろ打ち消さんばかりの勢いで)のは言わずもがな、兄馬鹿龍昇の声である。
先ほどまでは影も形も見えなかったのだが、それでも彼は妹の様子をどこぞから見受けたようだ。
元居た場所がえらく離れていたのか走って来たらしい彼は多少息が乱れている。
何となく目も血走っていた。
(怖っ……!)
その様子に思わず太史慈は間合いを取る。
染み付いた武将の性は今もしっかりと健在だ。
しかし、件の兄妹は全く気にしておらず会話を続けていた。
「どうしたは龍兄の方だと思うんだけど」
「水臭いぞ!ため息などついて、………何かしたのか?」
「おい、誤解だからその手を下ろせ!!」
掲げた魏王(大将軍もいないのに…泣)を何とか下ろさせ、太史慈は龍昇からもう一歩距離をとる。
そうしてに何とかしろと目で訴えた。
今度は呆れを多々含んだため息を一つ重ねては事の次第を話し出すこととなる。
「題目がね…。“尊敬する人について”なんだ」
「はあ?」
「素晴らしい作文だな!」
困惑を前面に出しながら発せられたの答えに一人は同じく困惑し、一人はとてつもなくご機嫌になった。
どうやら軍師殿は音速で勘違いをしたらしい。
(…お前、自分が尊敬されてると思ってるのか……)
何となく龍昇が可哀想に見えた今日この頃、太史慈は庭の木々にさり気無く目を逸らした。
「僕こういうの書いたことがないから勝手が分からなくってさ」
「まあ、そうだろうな」
「何も気にすることなくそのまま書けばいいんじゃないか?」
笑顔。もの凄く笑顔。
龍昇のそれに太史慈の顔が思わず引きつる。
「そうなの?でも本人に読まれるのはなぁ…」
「兄ちゃんは全然気にしないぞ!」
「龍兄が気にしなくってもね」
「むしろ俺は喜ぶ!!」
「意味分かんないんだけど…」
微妙に食い違っている兄妹の会話を聞いているうちに太史慈は一つの答えに行き着いていた。
「ん?すると尊敬する人は…」
「うん、劉備さま!」
「えっ……」
年相応の笑顔を浮かべて言ったと対象的に龍昇は今やとっても白くなっている。
「まあ、何だ、強く生きろ」
「………」
ぽん、と龍昇の肩に手を置くことが今の太史慈に出来る唯一のことだった。
「ねぇ子義兄、そう作文に書いていいのかな?」
「あ、ああ、そうだな…」
まだ続くのか!?と思いもするがの悩みは解決していないのだ。当然続くのだろう。
「もう、真面目に聞いてよ!」
「す、すまん…」
風化しつつある龍昇を横目に太史慈も顎に手を添え悩みだす。
(何とか上手くまとめられないものか…)
元来使う方ではない頭を捻り、やっと一つの答えが出た。
(これなら恐らく…!)
「では好きな人について書いてみたらどうだ?そういう人物なら尊敬する心も含んでいるだろう」
この言葉に目の端で龍昇が復活するのが見えた。
「あ、それいいかも!好きな人かぁ…」
「それはいい!良案だ、子義!!」
「姉なら尊敬もしているしね!」
「…なっ」
「うわ…」
自他共に認める悪友同士であるの名に龍昇は再び固まった。
これには太史慈も同情してしまう。
ガシッ
「子義」
「…諦めろ」
「子ー義ーー!」
「諦めろ!」
段々込める力の強くなる龍昇の手を肩から叩き落とした。
見ると何とも情けない顔をしている。
(全く、偶には外れてくれ!俺の嫌な予感!)
途方もない脱力感に太史慈はどうしようもないことを恨む。
それぐらい彼は疲れていた。
しかし、話はここでも終わらなかったのだ。
「じゃ、じゃあ大事な人は?」
「おい」
どうしても彼は妹から自分の名を出させたいらしく、悪足掻きを始めだす。
ここで見切りをつければいいだろうに、太史慈も律儀に突っ込むからこの兄妹に懐かれるのも仕方のないことだった。
「え、大事な人?」
「そう!」
「お姉ちゃん!」
「ぐっ…」
「それはまぁ、当然だな」
相手は殿なのだ。大事な人として真っ先に挙げるのはこの国に仕えるものとして至極自然な流れである。
「じゃあ、力になりたい人は?!」
「……そこまでするか、龍昇……」
何だか訳の分からない方向にまでいっているが、問うている本人はこれ以上なく真剣だ。
正に最後の望みといわんばかりのその様子が酷くむなしいものと気付くことなく彼は問う。
それでも、
「というか僕、戦の時力貸してるんだけど」
彼の最愛の妹には伝わることなく砕け散るのだった。
「っ、兄ちゃんはっ兄ちゃんはお前が一番なのにッ!!!」
「じゃあ枕の下にある姿絵と僕とどっちが好き?」
ビシィッ
音を立てて固まった龍昇を見れば、その姿絵の正体はおのずと導かれる。
それを引き合いに出されて彼が答えられる訳がない。
「馬鹿だな…」
ぽつりと零した太史慈の言葉は龍昇を的確に表していた。
「ええ、本当に」
「!か、関平殿!?」
「では、殿の守りたい方はどなたですか?」
(一体いつからここにっ!!?)
するりと場と会話に入り込んでいる関平に太史慈は驚く。
しかもお馴染みの黒い笑顔はすでに装備済みとあっては恐怖さえも覚えてしまう。
「えー、守りたい人?」
「ええ」
「龍兄」
「ほう、兄である龍昇殿を、ですか?」
「んー、守りたいというより面倒みてる、かなー。僕がいないと駄目だからね」
「でしょうね」
彼女たちの会話は龍昇を鋭く一刀両断のもとに伏した。
流石にこれには太史慈も声を掛けてやることが出来ない。
掛けようにもどこぞの黒い笑顔に声も出ないようだったが…。
「それにしても姿絵とは……。今晩が楽しみですね龍昇殿?」
龍昇の悲劇はまだ終わらない。(太史慈の苦労も終わらない)
05.04.09UP
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エディ娘3設定、初小説です。 甘さの欠片もない。
姿絵の正体はいわずもがな、です。(笑)妹は何でも知っている…。
このエディ4の龍昇は実際ゲームでは役に立つんですよね。仁兵とか良い場所に良いタイミングで出してくれるし。
それもが出るまでなんですが(へたれ)何故か彼女が出るとよく分からない行動をし始めます。謎です。へたれです。
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