「みなのためにここは一つ私たちが腕を揮いましょう!」
全てはこの一言から始まった。
― 手料理 ―
「さて、どうしてこうなったんじゃったかのう…」
茶を啜りながら呟いた厳さんこと古参の準将、厳顔の目は遠い。遥かに遠い。
「ええ、本当に…」
その厳顔の相手をしているは同じく古参の準将軍黄祖である。彼も厳顔と等しく憂いを湛えた目をしていた。
若いのにその背中に漂う哀愁は妙に馴染んでいる。
二人は揃って深いため息をついた。
「「殿に様が加わるとは…」」
時は中原の南を平定するという偉業を成しえたその翌日。
此度の戦はこれまで民や土地への慰撫を欠かさず、また兵への調練をも忘れずに行っていたお陰で大勝利
という最も喜ばしい形で終えることが出来た。
これには諸将だけでなく準将、果ては兵一人一人までもが歓喜し、もちろん総大将であるも例外ではなく
戦の後には珍しい笑みを浮かべていた。
「これは是非盛大な祝宴を開かなくっちゃね!」
大将軍であるが嬉しそうにそう言い、広間に集まった将軍たちも同意を示すため頷こうとしたその瞬間…
「…あの、大変申し上げにくいのですが…、国庫金が全く足りません」
経理官のこの一言で浮かれた空気は地に落とされたのである。
民や土地、軍備を優先していた善政のこの国は、それはそれは貧乏だったのだ。
「むぅー、僕今回すんごく頑張ったのに…」
まだ幼いは殊更喜んでいたため、この言葉と落ち込んだ表情は見ているものの胸を痛ませた。
例え先の戦で100人切りを鼻歌交じりにしていようとも、皆の可愛い妹分に変わりはないのだ。
特にを可愛がっているとはどうにか出来ないものかと真剣に悩みだすほどで。
そうなると彼女たちに(物凄く)甘い彼が動き出すことになる。
「では費用を極力抑えて宴を行ってみては如何でしょうか?」
進言したのは最古参の武将関平で、言葉とともに浮かべられたその爽やかな笑顔を見るとこの難問も容易く
解けそうな気がしてくるものだからと共に彼を信頼するのも頷ける。
例え彼が裏の総軍師などと言われているのを知っている幾名かには嫌な予感のする言葉であろうとも、きっ
と彼女たちは耳を傾けてしまうのだろう。
「費用を抑えてする宴って?」
案の定がそれに問い返してしまった。
それを死刑宣告のように聞きながら、せめて贄となるのが自分でないことを祈りつつ諸将は腹を括って彼の
次の言葉を待った。(ある意味毎度のこと)
「費用というものは人を使うから掛かるもの。ですが、幸い我が国には腕に覚えのある方々が多くいらっしゃ
います。その方々を使えば後は材料費のみに押さえることが出来ますからね。それくらいの蓄えはあるで
しょうし、なかったら皆様が用意してくださいますからご心配には及びませんでしょう。ということでここは一
肌脱いでいただきましょう」
にっこり。
最後につけた笑顔はそれはとてもとても輝いていた。
特に腕に覚えのある皆様には大変黒々しく目を逸らしたいほど光って見えたらしい。
「腕に覚えがあることに一体何の関係があるんだ…」
弱々しくも呟いた太史慈の反論も勿論きれいさっぱり無視された。
と、ここまでは関平の筋書き通り(いつも通り)にことは運んだのだが、ここに思わぬ伏兵が登場する。
それが殿の完全に善意から出た冒頭のアノ言葉であった。
「と、殿?あの、その戈は一体何にお使いなさるのでしょうか…?」
「ああ、これですか?今回はみなの分の料理を作らなくてはなりませんからね。これがあると一度に多くの食
材を切り刻めて便利なんですよ」
「さ、然様デスカ……」
「あ、勿論調理用ですから安心してくださいね」
(((調理用って…。しかも切るんじゃなくて切り刻めるんですね、殿……)))
この日何人かの将は新たなる殿の伝説を目の当たりにしたとか…。
「えっと…どれだったかな〜。確かこの調味料だった気がするんだけど。………ま、いっかこれで」
「…様?何やらとても赤いのですが?むしろ真っ赤もいいところなんですが?」
「ん?大丈夫だって!材料はちゃんと料理長のお姉さんに聞いてきたから!」
「いえ様、料理には分量というものもございまして、というか先ほど『ま、いっか』などというお言葉が聞こ
えた気が致すのですが?!」
「気のせい気のせい」
「いや思いっきり聞こえたんですけど!?」
「大丈夫、お腹に入ればみな同じよ!」
(((誰か、胃薬をっ、典医をっ!つうか何故そんなに男らしいんですか、様!!!)))
更に別の場所ではが男らしさを光らせていたとか…。
そしてついに、
「「出来(まし)た!!」」
火蓋は切って落とされた。
………ごくり。
誰かが固唾を飲んだ音が響いたような気がするほど広間は静まっていた。
目の前には湯気をあげた色とりどりの料理が並んでいる。
一部絶対に食べ物じゃないだろうとツッコミたくなるような赤々しいものもあるが、あえて目を逸らすことに
留めておく。
何故なら目の前に、本当に目の前に期待に満ちた目をした殿とがいるのだ。
言えるわけがない。
ふっと、古参の将の頭に彼女たちの手料理を何も知らず無邪気に喜んでいた日の思い出が過ぎった。
「「「「……………」」」」
あの自他共に認める殿馬鹿の関平でさえ箸を躊躇うその味に思わず身震いして視線を泳がせばまた彼女
たちと目が合うわけで。
((((覚悟を、決めるか………))))
戦場を恐れることなく駆け抜ける猛将たちが揃って決めた心は、まさに死亡時台詞と同じだったのだが…。
心の声にまでたちが気付けるはずがない。
命など捨てても惜しくないと思え!!
そう諸将が自らを奮い立たせたその時、本来ならこの言葉を発するべき彼が動いた。
言わずもがな、殿の御師匠、夏侯惇である。
「…、これはお前が作ったものか?」
「はい、そうです!よくお分かりになりましたね」
「ああ、妙に凝ってるからな」
「…妙は余計だと思います」
「まあ、そこがお前のいい所なんだが」
「!そう、ですか…?」
「君主として必要なことだろう」
「……ありがとうございます」
「凝りすぎるのも考えものだがな。時には手を借りるのも必要なことだ」
「はい。本当に今回は元譲様のお言葉が身に染みます…。この料理も侍女の方々のお力添えの賜物と言っ
ても過言ではありませんからね…。精進致します」
「本当に分かってるのか、お前は」
そう苦笑しながらの料理を口に運ぶが、以前起こった惨劇のような反応は微塵もない。
((((さ、さすがです夏侯将軍!!!そのような手口があったのですね!!!!))))
毒々しく舌打ちをする関平を除き、諸将の夏侯惇尊敬度は一気に上昇した。
これでの料理の安全は保障されたことになる。
残るは…、
「…これか?」
「うん!今回は気合入れたんだ!みんな頑張ってくれたからね!」
こちらも輝かんばかりの笑顔で答えるに周泰が頷いている。
その手にはの料理がすでに摘まれていた。
((((しゅ、周泰殿?!ご、ご自重くだされッ!!!!))))
周泰の身を案じたその思いは恐ろしく赤い料理(?)を躊躇いもせず口元へと運ぶ彼に通じず、とうとう赤い
塊はその姿を消した。
しーーーーーーん。
一瞬耳が痛くなるような静寂のあと、
「…旨いな」
「「「「嘘ぉっっ!!??」」」」
耳を疑うような言葉に思わず本音を曝す彼らへは鋭い目を向けた。
「失礼だよね、君たちって」
「い、いえ今のは言葉の綾と申しますか……」
「そう。じゃ食べて?」
「え……」
「はい、遠慮しないで」
笑いながらも目の笑ってない彼女の餌食となったのは偶然近くに居た陳応で、彼は汗をいくつも流しながら
手渡された赤い山の器を見つめる。
(((お前の雄姿は忘れないぞ、陳応!!!!)))
他の者たちは陳応の不幸に合掌しつつも逃れたことにそっと胸を撫で下ろした。
「あれ、美味しい……?」
数瞬の躊躇いのあと響いた陳応の言葉から、この日彼らの項目に新たに“料理はロシアンルーレット並”
が加わった。
「本当に失礼だね、君たち…」
取り敢えずこの宴は後に語られるほどに、忘れられないものとなったらしい。
後日、
「夏侯惇殿に周泰殿!貴殿たちは真に万夫不当の豪傑ですな!!!」
「「…何のことだ?」」
「またまた謙遜なさらなくとも!殿や様に対する雄姿、この胸に刻まれましたよ」
「?ただ普通に食っただけなんだが…」
「……同じく」
「え……」
無知の強さを思い知る諸将(惨劇を知る方々)の姿が見られたとか。
05.04.25UP
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惇兄はエンパでは仲間になると戦闘技能《鼓舞》で『命など捨てても惜しくないと思え!』と励ましてくれます。
文中の言葉はそれです(本当は格好良い台詞なのに…)。
惨劇を知る方々は以前“酒の肴”で殿の唐揚げを食べた人たちです。あれが実は手料理だったという微妙な
リンク(笑)。
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