― 捕まるな! 甘寧編 ―
「何で私まで逃げなくちゃいけないのかなー?甘寧?」
「逃げてねえ!」
「いや答えじゃないし…」
遠い目をして言うの手は未だ解かれる気配はなく、仕方なく残る右手に届ける予定だった竹簡を抱え直す。
急を要する内容のものではなかったのが不幸中の幸いか。
それでもきっと怒られるだろうと、よく孫策を叱っている周瑜の様子を思い出す。
「……後で弁解しないと只じゃおかないからね」
「あぁ?何の話だよ?」
振り向いて怪訝な顔をする甘寧に、は全ての責任を押し付けることを決めた。
実際に彼のせいで周瑜の執務室とは違う別の場所へと走らされているのだから当然の権利だろう。
いかに周瑜の怒りを甘寧へと持っていくか思考を廻らせ、何通りかの流れを考え付いた後、は口を開いた。
「で、甘寧はいつまで凌統の相手をするのかな?」
「………っち、気付いてたのかよ…」
「ある程度はね」
ちらりと後ろから追ってくる凌統へと視線をやって、目の前の背に戻す。
一国の軍を担う将らしく鍛え抜かれたその背中の向こうでは、返事に滲んだ苦さをそのまま面にも表しているのだろうと見えぬ先を思
い浮かべた。
「あいつの言うことも分からねぇでもねえからな」
「右脇が甘いって?」
「違う!」
速攻で否定した甘寧に相変わらず短気だなあと笑って答える。
右手の竹簡がぶつかり合う音が甘寧の鈴の音と重なって聞こえた。
短気とかそういう問題じゃないと甘寧は空いた手で頭を掻き、思う。
言うべき相手を間違えたかと今更なことを続けて考え、ため息を零した。
あいつの――凌統の言うことは、もっとずっと重いものだ。
失うことの多いこの世の中。
生きているだけでも触れるその悲しみを、戦場という極地に立つ者が経験しないはずもない。
命ほど儚く消えゆくものはないと、何度思っただろうか。
ただ奪う術を持つ自分はこの手に降してきた者を哀れむことはなかった。
道を潰したことを、詫びることもなかった。
それは同じ武を競う者への侮辱だと思うから。
けれど、零れ落ちると分かっているからこそ握り締め離さずにいたものを自分も知っていて。
それを大切だと思う心も、知っている。
握る手の強さに甘寧を見上げれば変わらず向けられる背に、重さを感じた。
もしかしたら、いやきっと凌統のことを考えていただろう甘寧の続く言葉を静かに待つ。
「俺のしたことを後悔することはねぇ」
「うん」
「でも気持ちってのはそういうもんじゃねぇってのは分かってるからな」
「そうだね」
例えば彼が凌統を止めろと上へと訴えれば、恐らくそれは叶ったはず。
そうして、凌統の心は出口のない思いで埋められ、今のように顔を合わすたびに言い合うこともなかったはずだ。
「甘寧って鈍感なんだか聡いのか分からないよね」
「はあ?何言ってんだ、お前」
「まあ野生の勘ってやつかな?」
「……喧嘩売ってんのか、」
「誉めてるんだけどね」
「どこがだ」
憮然と言う甘寧にの笑みが深まる。
「そういうことなら、さ」
「あ?」
ずっと引かれている手に軽く力を込めて、前行く背を追い越した。
突如逆転した立場に甘寧は戸惑いの視線を向けてくる。
それに今度は声に出して笑った。
笑って、告げる。
「偶には付き合ってもいいよ」
「…そうこねぇとな」
甘寧は一瞬呆気に取られるも直ぐににやりと笑い、手を握り返してきた。
「偶にはだからね」
「上等だ」
いつか凌統とも並んで駆けれるようになればいい。
そう思いながら走るのは随分と気持ちが良かった。
「でも何で私まで走らないといけないんだろ…」
嫌ではないのだが、いまいちよく分からないこの状況にはやはり疑問を感じる。
そう一人で呟いていたら甘寧が呆れたように見つめてきた。
「……お前そんな当たり前のこと考えてたのか」
「は?」
「俺だけが凌統に追いかけられてる姿はやばいだろ」
「ああ…」
確かにいい大人、しかも男同士が追いかけっこなぞ寒くて見ていられない。
納得したもののしょうもないその理由に力が抜ける。
「まあそれだけじゃねぇけどな」
そう脱力していたは小さく言った甘寧の言葉に気付くことはなかった。
05.04.30UP
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選択甘寧バージョンでした。
彼は結構気遣える人だと思います。他は鈍そうですが(失礼)。
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