― 梅見の宴 ―

 

 

 

           「うっわ、きれーー!」

           「本当だね、姉!」

 

           うきうきと声を弾ませ淡い空の下へと駆けよる少女二人を見送りは柔らかく微笑んだ。

           のんびりと追いながら思い出すのは朝餉の際に出た会話。

           いつからか、言い出す前から決まっていた皆との食事に和んでいた時、妹がぽつりと言ったのだ。

           ――――そういえば梅が見ごろらしいね。と。

           曰く、馬番をしている男の子どもの友だちから聞いたらしい。

           えらく遠い繋がりだな。と一瞬周泰と関平、夏侯惇以外は思ったようだが、一拍もせずそれが彼女だろうと納得する。

           恐らく子どもたちは遊び仲間か何かなのだろう。

           突撃だーー!何ぞと片手を上げているの姿が容易に浮かび、の笑みが深まる。

           その朝の一言から話は転び、こうして皆で梅見と相成ったのだ。

 

           「楽しそうだな」

           「はい」

 

           不意にかけられた声に隣を仰げば自らが師匠――そう呼ぶと決まって眉をしかめられるのだが――が佇んでいた。

           彼もの誘いに負け、こうしてここにいる。

 

           「師……元譲さまは楽しくありませんか?」

           「………いや」

 

           わずかな間を持って緩く首を振る。しかし夏侯惇の表情は微妙に歪んでいた。

 

           「元譲さま?」

           「いや、本当に楽しんではいる。……が、どうにもそぐわない気がしてな」

 

           居心地悪そうに首の後ろを押さえる師の姿には瞬いた。

           そういえば、長い付き合いの中でも花と彼が並んだことは少なかったかもしれない。

           記憶を探って思わず声に出して笑う。

 

           「……

           「す、すみません、つい…」

           「…………」

 

           懐かしい過去と同じくムッとしかめられた顔に抑えようと試みた笑みはなお広がった。

           数少ないその機会。いつもこの人は誰かに引きずられていた(それは主に妹とか彼の従兄弟だった)と思い出す。

 

           「でも、楽しんでいただけて良かったです」

           「………気を張る場でもないからな」

           「はい、しっかり寛いでくださいね」

 

           肯定の代わりにぽん、と軽く頭に手をのせられ、そのまま彼は背を見せて歩きだした。

           先行く夏侯惇にまた一つ笑んで、も足を速めた。

 

 

 

 

 

 

           「…………………いいのか?」

           「何がです?」

 

           ほんの少し遠い場所を見つめていた関平に問いを返され、口火を切った太史慈は内心呻いた。

           どうにもお節介な自らの気質を恨んでも遅く、発した言葉はなかったことにはならない。

           諦めて太史慈は答えを紡いだ。

 

           「殿に夏侯惇殿を近づけて……いいのか?」

 

           ためらいの滲む声に、けれど関平は気を悪くさせる様子もなく至極当然のように頷く。

 

           「さまの望みですから」

 

           微塵も無理を感じさせない関平の表情に太史慈はただ黙り込む。

           ―――本当にこの側近は手強い。

           何が殿の一番になるのか、私情よりも先に考え、行動しているのだ。

           側近という言葉だけでは追いつかない、あまりにも手強い関平に視線が遠くなる。

           縁深い龍昇だけでなく、その武に信を置いている夏侯惇にも同情が募った。

           自身は決してこのような想いは秘めまいと心中深く刻んでもう一度前行く一行を見据える。

           殿もも、皆とても楽しそうだ。

 

           「……確かに、笑えるのが一番だな」

           「ええ」

 

           間をおかずに返った穏やか空気に太史慈が気を緩めたその瞬間――

 

           「ですから、それを崩したら容赦は致しませんけれどね」

           「………………………」

 

           長い長い沈黙の後、太史慈は『……そうか』とただ頷くしか出来なかった。

 

           ―――夏侯惇殿、どうかご無事で。

 

           恐らくにっこりのたまったのだろう関平。

           まだ始まってさえいない宴にひしひしと不安を感じながらも太史慈は淡く色づく梅を目指した。

 

 

 

                                                               06.02.20UP

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           ちょっとした一風景。 そしてやっぱりギャグに走ってしまう自分……。。

           そのせいで今回も子義兄さんに苦労させてしまいました(乾笑)

 

 

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