ああ、もう本当に、最期が近いんだ  と

 

霞む景色に、そう思う

 

ああ、もう本当に

 

本当に

 

 

 

― それは嘘偽りない、真実 ―

 

 

 

あれはいつの日か…、そう中庭の桃が綺麗に色づいていた日だった。

 

「これは見事ですね…」

 

見上げて眩しそうに呟く趙雲に頷く。

 

「見に来て正解だったろ?」

 

まるで自分の手柄のごとく自慢げに頭の上に手を置いてきた馬超に、いつもなら『子ども扱いをするな!』とそう言うのだけど。

今だけはただ黙って肯定する。

 

それほどに、視界を染める淡い色は美しかった。

 

「綺麗、だね…」

 

誰に言うでもなく、呟く。

それに傍らの二人は応えず、静かに見上げる気配が伝わる。

 

 

かの有名な“桃園の誓い”。

殿や関羽殿、張飛殿はこのどこか神聖めいた空間に何を思い、誓いを述べたのだろうか。

乱れる世への決意だろうか。

それとも描いた国に対する熱い思いだろうか。

 

もしくは

 

 

殿!」

 

軽い音を立てて近づく足音に視線を向ける。

 

「姜維」

 

名を紡ぐと共にたどり着いた姜維へと微笑みかけた。

 

「ひ、ひどいですよ。僕だけ置いていくなんて…」

 

軽く息切れさせた声で訴えてくるのに、今度は趙雲と苦笑する。

すると傍らに立っていた馬超が息を抑えるため膝に手をつき俯いた姜維の頭をがしりと押さえ込んだ。

 

「お前は諸葛亮殿の元で勉強中だっただろ?」

「それは朝のうちに終えてます!というより押さえつけないで下さいよっ!!」

「ああ?聞こえんな?」

 

上目遣いになりながら必死に押さえる手を叩き落とそうとする姜維を意地の悪い笑みを浮かべて馬超があしらう。

第三者にすればじゃれあってるようにしか見えないそれでも、一方の目は至極真剣で。

不憫に思った趙雲がさすがに止めようと口を開く。

 

「孟起、お前はどこの悪党だ」

「何だよ、ちょっとした遊びだろ、子龍」

 

呆れを多分に含んだ趙雲の言葉に馬超はのせていた手をひらひらと振って応えた。

 

「全然遊びじゃないですよ!」

 

それに答えるのは姜維で、乱れた髪を直しながら憮然とした顔を上げる。

 

「まあ、それはさておき…………殿?」

 

じろりと向けられた黒の瞳に困ったように笑う。

 

「どうして誘ってくれなかったんですか?」

 

理由を言うつもりなどなかったが、まるで捨てられた子犬のように見つめられると……

どうにも抗いがたくて。

 

「………最近、姜維疲れてたでしょ?」

 

そう口に出してしまった。

 

「?僕が、ですか?」

 

けれども、言った相手はきょとんと見返してきて

自分で理解していなかったのかと益々抱えていた心配が深まった。

 

「気がついてなかった?最近の姜維、ため息ばかり吐いてるよ」

「え、そう…ですか?」

「吐いてるぜ」「吐いてますよ」

 

首を傾げる姜維に馬超と趙雲も同意する。

そう言われればさすがに否定できないのか、姜維は僅かに唸って、苦笑を浮かべた。

 

「確かに、最近執務に向き合ってばかりでしたね…」

「そうでしょ?……だからあんまり時間を取らせたらいけないかな、と思ったの」

「……殿」

「時間があるなら、少しでも休んだ方がいいしね」

 

結局理由を言い切って、はらりと舞い落ちる桃の花弁を見上げる。

 

本当に、最近の彼は疲れてみえて。

何の助けも出来ない自分に、時々焦れたりもしたけど。

でも、それでも何も出来なくて…。

 

「……だったら余計に誘ってください」

「え…?」

 

思考を読まれたような姜維の言葉に、彼を見る。

 

「僕は、殿…たちと居るときが一番安らぐんです」

「……姜維」

「今だって、そうですよ」

 

目を細めて笑う彼が桃とその向こうの青空と重なって、酷く眩しく見えた。

 

どうして、彼はこんなにも眩しいのか。

自分勝手にも抱えていた思いを、こんなにも容易く軽くする。

たった一言で、あっさりと私を救ってくれる。

どうして…

 

 

ふっと目の前をよぎる腕に、ふけ入りそうになっていた思考を頭から振るい落とす。

そうして、よぎった腕を目で追えばまた姜維の頭へとたどり着き。

 

「俺も姜維と遊ぶのは好きだぞ」

「っ、馬超殿の場合は僕“で”遊んでいるんでしょう?!」

 

がしがしと力強く頭を撫でる馬超と言い返す姜維の様子に笑った。

 

 

はらりはらりと流れる桃の花びらに彩られた景色は、

趙雲も馬超も、姜維もいる景色は

本当に綺麗で。

 

「うん…、私もみんなと居るの好きだなぁ…」

 

心の底からそう思う。

その私の言葉に、すぐさま彼らは笑顔を返してくれて。

なおさら、嬉しさが募った。

 

 

かの有名な“桃園の誓い”。

殿や関羽殿、張飛殿はこのどこか神聖めいた空間に何を思い、誓いを述べたのだろうか。

乱れる世への決意だろうか。

それとも描いた国に対する熱い思いだろうか。

 

もしくは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……のっ、………殿っ!!」

 

どこか遠くで、声が聞こえる。

 

ああ、もうこんなにも全てが虚ろで。

目を開けているのか、閉じているのかさえ、分からない。

 

「……殿!!」

 

ふと肩の辺りに温かいものが触れた気がして、今にも沈みそうだった意識が揺れる。

 

伝わる声が、一層強くなった。

それは何だか……泣きそうで。

じわりと胸が痛くなる。

 

殿っ!!!」

「…………きょ、うい…?」

「っ、殿……」

 

何とかこじ開けた目に映ったのは、やっぱり泣きそうな姜維の姿で。

 

「……泣か、ないで」

「っ…」

 

益々歪む彼の頬へと、動かない手を夢中で伸ばした。

そうしてたどり着いた、少し血の滲む彼の頬は温かくて、自然と笑みが浮かぶ。

 

「 、、殿……」

 

ぐっと歯をかみ締める音がして、気が付いた時には強く抱きしめられていた。

きつく、息苦しささえ感じさせそうなほどのそれに、今はもう何も感じない。

 

ああ、本当に、もう最期が近い…

 

「……姜維」

 

呼びかけに返事は返らないけれど、構わずに続ける。

 

「私も…」

 

だって、これだけは伝えておきたかったから。

 

「私、も…、姜維…たちと居る時が、一番安らいだよ…」

 

紡いだ言葉は……本当に言いたかったこととは少し違うけれど。

 

けれど、偽りはそこになく、ただ真実で。

 

 

ぼんやりと、先ほどまで思い出していた光景が瞼に浮かぶ。

 

 

かの有名な“桃園の誓い”。

殿や関羽殿、張飛殿はこのどこか神聖めいた空間に何を思い、誓いを述べたのだろうか。

乱れる世への決意だろうか。

それとも描いた国に対する熱い思いだろうか。

 

どちらも当たっているかもしれない。

どちらも間違っているかもしれない。

 

今はそれを確かめる術がなくて…。

 

遠く、遠く駆けていった殿や関羽殿、張飛殿……馬超、趙雲…みんなを思い出す。

 

何を思って、誓ったかな…?

 

答える人は、もう居ないけど。

 

けれど、

 

 

 

 

「ねぇ、姜維と、出会えて…嬉しかったよ?」

 

けれど、もしかしたら…出会えた奇蹟を思って、誓ったのかもしれない。

 

「っ、……僕、も……殿と出会えて、嬉しいです…」

 

 

こんな時でも、また私を救ってくれる姜維に胸が温まる。

どうして、こんなにも眩しいのだろう。

 

どうして

 

 

「……ありがとう」

「っ、殿っ!!!」

 

 

 

 

 

ねぇ、本当は、君の傍に居るのが、一番安らいだんだ。

伝えたかった“ほんとうのことば”。

みんなと居るのは好き。

でも、姜維と居るときは、それ以上に好きだった。

 

どうして、

どうして、こんなにも君が好きなんだろう。

 

 

そう思うけど

 

ごめんね

 

残していく君には…ほんとうのことは言えなくて

 

このまま連れていくけれど

 

 

でも、

それは嘘偽りない、真実

 

 

 

                                                              05.06.16UP

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

……実は夢落ちってことで生きていたり、とか…。

したかったんですが、それはあんまりなので…ぼかして終わります。…本当は悲恋嫌いな人間なのになぁ…。

 

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