― 呼ぶ声 ―

 

         空を見上げたら、厚い雲に太陽が覆われていた。

         そのことに、僅かに驚く。

         自分の記憶では今日は雲一つない晴天が広がっていた筈なのに。

 

         「どれだけ呆っとしてたのやら」

 

         もういつからここに居るのかさえあやふやだ。

 

         視線を前へと戻す。

         映るのは見慣れた街並みだ。

         ずっと守ってきた、街、人々が生きる場所だ。

 

         「…変わんねぇのにな」

 

         どこからか上がる煙も、遠く動く人影も、生命力に溢れる空気も

         何も変わっていないのに。

 

 

 

 

 

         そういえば、今日は軍議があった気がする。

         確か自分も出席するよう言われていたような。

 

         「……探してる、かな」

 

         呟くが、これだけ一所に居るのに自分を呼ぶ声が聞こえないのだ。もしかしたらただの勘違いかもしれない。

 

         「………」

 

         ああ、もしかしたらもう呼ばれても聞こえないのかもしれない。

 

         『統』

 

         そう呼ぶ声が好きだった。

 

         『統』

 

         そう呼ぶのは彼だけだった。

 

 

 

 

         「………父上」

 

         どうしてこんなにも遠いのか。

 

         何も、今目にしているものには何の変わりもないのに。

         自分の周りだけ、何もかもが変わってしまった。

 

         もう、彼の人が呼ぶことなどない。

         もう、自分を呼ぶものは

 

         「凌統?」

 

         掛けられた声に、いつの間にか俯いていた顔を上げる。

 

         「………

         「やっと見つけた」

 

         笑って言う彼女に、呆然とした。

 

         「…ここ、いい眺めだね」

 

         息を切らせて、きっと随分と探しただろうに、何も言わず隣に座る。

 

         「私も一緒に見ててもいいかな?」

         「………」

         「え、駄目?」

         「……断ることじゃないだろ」

         「そう?」

         「ああ」

 

         そうして二人とも黙ってただ景色だけ見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

         「凌統」

         「………」

 

         届く陽で顔が赤く染まる。それが何だか気に食わなくて顔を埋めた。

 

         「凌統」

         「…………」

 

         気付いたことが気に食わなくて、強く片手で頭を抱え、更に顔を埋める。

 

         「凌統」

         「……………」

 

         呼ぶ名が、違うから届かないわけじゃない。

 

         ただ、自分に届くよう呼んでくれる人が減っただけだ。

 

 

 

 

 

 

         『統』

 

         そう呼ぶ父が、好きだった。

 

 

 

 

 

 

         「……帰ろうか」

         「………ああ」

 

         今は極度に減ったこの声を、いつかはまた少しずつ取り戻すのだろう。

 

         けれど、今日こうして一つ届いたことだけは

         忘れない。

 

 

 

                                                               05.04.19UP

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

        またも凌統アップ。かなりやばい…。これは流動よりも前、凌操が亡くなった直後というところです。

        ええと、名前って大事なものですが、それ以上に自分を呼んでくれる人の方が大事なんだと、

        そういう気持ちを込めて書きました。が、伝わっていたらいいのですが…。

 

 

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