その日は、本当に何のことない一日だと思っていた

           が

           得てしてそんなものは容易く崩れるものなのだ

 

 

 

         ― 幼殿混乱  1 ―

 

 

 

           からん…………。

 

           静かな室に響いた軽い音に座り込んでいた厳顔・丁奉・黄祖は身を固くする。

           ここ――“執務室”に訪れる人間は軍でも上部にたつ者で。

           それは“殿”の執務室となると更に限られる。

 

           (((来たか………………)))

 

           背後から徐々に漂ってくるひどく冷たい空気に冷や汗をたらし、各々の目を見た。

 

           「ここは厳顔殿が報告を…(ぼそぼそ)」

           「何を言う!若いもんが動かんでどうするんじゃ!!(ひそひそ)」

           「いや、やはり重鎮たる貴方様を差し置いて私ども若輩が……(こそこそ)」

 

          「誰でもいいんで説明してくれませんか?」

 

           「「「!!!(ビクゥッ!)」」」

 

           盛大に肩を揺らし、一見穏やかな声にぎこちなく振り返る。

 

           「「「か、関平殿…」」」

           「さあ、分かるよう丁寧に……どうぞ?

 

           にっこり、と笑顔で左手を上げ促す関平に、厳顔たち三人は死を覚悟した。

 

 

           ああ、それもこれも今朝方届いた一つの包みのせいだ……と抜けそうな魂を何とか押し留めながら彼らは事の次第

           を語りだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

           「失礼しまーす!本日の郵便でーす!!」

 

           明るい声で開かれた扉にの執務室にいた面々は視線を上げた。

           見れば朗らかな営業スマイルを浮かべた年若い男性が入り口で一つの包みを抱えている。

           格好は緑の上着を羽織っていて。その背には何故か“黒猫”の意匠が縫い付けられていたが…。

           その彼に慣れたように執務を手伝っていた一人、丁奉が立ち上がる。

 

           「おお、これはこれは。いつもすまんな」

           「いえ、これが私の仕事ですので」

           「そうか、お前も若いのに大変だな…。次はどこに行くんだ?」

           「次は南の毒沼っすね」

           「…………そうか…」

           「最近象の避け方を覚えたんですが、いつの間にか虎まで出るようになって…世知辛い世になったもんですよ……」

           「……………いつか職に困ったらうちに来い。お前なら見所が(余りあるほどに)ある」

           「その時はよろしくお願いします。それじゃあ!」

 

           受け取り印をもらい去っていった緑の配達員に涙を堪えて丁奉が執務室を振り返った。

 

           「どうかされましたか?」

           「突っ込むべきとこは多々あるが…、取りあえずあれは誰なんだ?」

 

           きょとんと問いかける丁奉に口元を引きつらせ、龍昇が問う。

 

           「ああ、クロ○コヤ○トの配達員ですよ。いやーあの若さで働き者でしてな!」

           「いや知らんぞ、クロ○コヤ○トなんて…。というか、毎度のことなのか?」

           「確か彼が来たのは四度目ですが」

           「…………そんなあっさり入れる城ってどうなんだ…」

 

           がくりと脱力する龍昇に“まあまあ”と肩を叩くのは本来彼と共に憂慮すべき大将軍であるだ。

 

           「大丈夫だよ、私も荷物もらったことあるし!」

           「それのどこが“大丈夫な理由”になるのかさっぱり分からんのだが?!つかお前も安易に受け取るなよ!!」

           「えーー…、美味しかったのに、南国バナナ…」

           「お前か!あいつを象の巣窟に放ったのは!!!」

 

           「あー…、とその辺にしておきましょう。龍昇、

 

           段々と加熱する二人の言い合いを柔らかな声が止める。

           それに龍昇は言い足りなさそうに、けれどすぐさま口を噤み

           元から何の気もなかったはあっさりと従った。

 

           「ところで、丁奉。その包みは誰宛てに届いたのですか?」

           「ああ、………殿宛てですね」

           「?私…ですか?」

           「同盟国からの貢ぎ物か何かな?」

 

           目を瞬くの横に座わっていたが最後の一文字を書き終え、筆を置きながら丁奉に尋ねる。

 

           「恐らくはそうかと…。送り主は…………………………………………………」

 

           腕の包みに目を落とし固まる丁奉に問いかけたや周りの者たちが彼を見つめ続く言葉を待つ。

           しかし彼は一向に動く気配がなくて。

 

           「丁奉?」

           「…………………………」

 

           殿であるの呼びかけにさえ答えない丁奉を不審に思いが立ち上がって彼の元へと近づいた。

 

           「…………………………」

 

           そうして目を落とした彼女も同じように固まる。

 

           「どうしたの??」

 

           常にないの様子にが眉を寄せ尋ねれば、少しの間の後、は顔を上げた。

 

           「送り主……白南瓜だ…」

           「「「「はあ??」」」」

 

           綺麗に重なった言葉に含まれるのはひどく複雑な思い。

 

           (白南瓜って、諸葛亮だろ?!何で敵国の主がっ?!!)

 

           何だか公然の言葉となりつつある“白南瓜”に突っ込むでもなく、うんうんと悩む彼らを他所に

           それとは違うあっけらかんとした声が新たな爆弾を投げつけた。

 

           「あ、んじゃ大丈夫じゃない?僕もたまに陸遜から届くことあるし」

           「なななななっ!兄ちゃんは聞いてないぞ、そんなこと!!!!」

           「言ってないしね」

 

           妹の衝撃発言に龍昇はふらりと眩暈を抑えるよう額に手をつく。

           だが、まだどこか余裕があったのか妹へと震える声で問いかけた。

 

           「………何をもらったんだ…?」

           「ん?火計の本

          「「「「………………………………………………………」」」」

 

           先ほどと似た沈黙が落ちるが、含む意は更に複雑かつ重いものとなっていて。

 

           「……これは…俺はほっとしていいのか?不安に思っていいのか?」

           「微妙だな…」

 

           呆然と呟く龍昇の横で太史慈が唸り、答えた。

           可愛い妹に装飾品など意味深いものを送られるのも嫌だが、よりにもよって“火計の本”なぞと物騒なものを送られ

           るのも遠慮したい。

           というかこの軍師並みの頭脳を持つに余計なことを教えてほしくないのが一番で。

           いつか“うっかり城を燃やしちゃった”なんてうっかりどころじゃない報告がきたらどうしろというのか。

 

 

           「取りあえずは開けてみますか?」

 

           異様な沈黙が横たわる執務室の空気を換えるようにが涼やかな声を出す。

 

           「そうだね。何か面白いものが入ってるかも」

 

           迷うことなく頷くはいつの間にか丁奉の手から荷物を受け取っており、中央に括られた紐を解きかけていた。

 

           「ちょっ、待っ………」

 

           何とも無防備なその彼女たちの動きにハッとして、衝撃に固まっていた龍昇は慌てて止めようと手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           「で、その時開けて出た閃光の後に問題が起きてた、と?」

           「「「………はい」」」

 

           話し終えた三人は仁王のごとく(表面は笑顔なのに…!)立つ関平の前で正座し、うな垂れながら頷いた。

 

           アホー、アホー。

 

           どこか遠くでカラスが鳴く声が、耳の痛くなりそうなほどに静かな部屋に響く。

 

           「……………貴方たちは…」

 

           びくうっ!!

 

           正座して今か今かと断罪を待つ囚人のごとく冷や汗を流していた三人に震えが走った。

           何故ならば、いつも穏やかな声がそれはもう在りえないほどに地を這う低くどす黒い声となっていたからだ。

           余りの恐ろしさに滝の汗がわき出る。

           そうして

 

 

        「貴方たちは一体何をやっていたんですか!!!!」

 

 

           目の前に落ちた雷(およそ百万ボルト)に三人は声もなく固まった。

           未だかつて聞いたことのない関平の怒声に戦場以上に緊張が走り、彼の正面に座る丁奉など失神しそうになって

           いる。

           哀れ丁奉、じゃんけんに負けたばっかりに…。

 

           その日、我が国に阿修羅が光臨した。

 

           後に彼はそう語ったとか。

 

 

           そんな三人に関平は深い息をつき、一度目を伏せて言葉を紡ぐ。

 

           「貴方たちの仕事はなんです?」

           「「「………殿を支えることです」」」

           「ええ、そうですよね。ではこういう事態を未然に防ぐのは支えることに当たりませんか?」

           「「「……あ、当たります」」」

           「そうですよね?じゃあ、何で殿がこんな目にあっているんですかね?

        「「「申シ訳ゴザイマセン!!!」」」

 

           とうとう土下座までした三人に関平はびしびしと黒い笑顔をぶつけながらも、困惑した視線を遠く投げた。

 

           そう、所在なげに玉座に座る幼き少女へと。

           決して豪奢ではない、けれどこの国の柱である彼女しか座ることの許されない場所。

           そこに座る……あどけない少女を見やる。

           ダボダボの服に埋もれ首を傾げている彼女の顔には紛うことなき、知性が宿っていて。

           それは誰よりも大事な殿――の姿を色濃く残していた。

 

 

           「………………本気で始末してやりましょうか、あの南瓜…」

 

 

           一国を背負う殿、が子どもになった大事件。

           それは遠い遠い白南瓜国で渦巻く暗雲が立ち込めた、昼下がりに起きていた。

 

 

 

                                                  05.06.25UP

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           マイ相棒に捧ぐ『関平が困る話』です。

           リクに答えるのが遅くなってごめんよー…。

           何はともあれ、また少し長くなりそうですが、全編ギャグになるのは間違いないかと(笑)。

           微妙に『炎神相対す』の後話となっています。

 

 

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