時に事件は新たな事件を起こすこともあるのだ
― 幼殿混乱 3 ―
「周泰殿はともかく、様が大人しくされているはずがありませんからね…。
取りあえず回廊沿いに回ってみましょうか」
目線を合わせ、提案すればがこくこくと頷く。
どうやら妹であるのことはしっかりと覚えているようで、会えることにその柔らかな頬をほんわかと嬉しそうに緩
めた。
今までで一番の彼女の笑顔に関平も無意識に目を細め、陽の注ぐ回廊をゆっくりと進む。
(そういえば………龍昇殿も幼くなっているんでしたね…)
基本的に殿(と後はまあちょこっとも)以外はどうでもいい関平はすっかり忘れていた自国の軍師を思った。
一応彼も被害者であるから様子ぐらいは見に行くべきだろうか?
内心で問いかけ、出てきた答えは…
「殿がいるから問題はないでしょう」
要した時間は数秒にも満たず、あっさりと捨て置かれる、という何とも酷いものだった。
(それにあの龍昇殿ですからね…。例え幼児化していようが近寄らせるのは……)
と不快感に眉を寄せていた関平とのもとに、軽い足音が近づく。
「…………………」
「?」
回廊に敷き詰められた石畳を叩く音は小さく、間隔の短いもので。
つらつらと日頃の軍師不満を並べ立てていた関平の眉間の皺が更に深まった。
ああ、この気配は……。
「あのっ!」
はあはあ、と走ったことで切れた息を抑えるよう胸元に手を当て、遥か下から見上げてくる丸い瞳に舌打ちしそうに
なる。
「……………龍昇殿」
「あ、はい。えっと龍昇です。その…お、いや、私の名前を知っているようですが…
そちらのお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか…?」
低さを隠しもせず呼びかけたのに、龍昇は動じることもなく拱手し、そう問うてきた。
が、気付かぬのも道理だ。
見た目も中身も幼い龍昇の瞳は、一心不乱に一ヶ所へと釘付けにされているのだから…。
(この野郎、性懲りもなく……)
と、思わず口が悪くなってしまうほど関平の前に立つ龍昇は“ああ、これぞ青春!桃色の初恋だ!”状態で。
はっきり言って子どもでなければ速攻ドツいていただろうことは間違いない。
“いや、ドツかずとも今すぐ離せばいいのでは?つか離すべきだろう”と荒んだ空気を醸し出しそうになっていた関平
を止めたのは、やはり敬愛するだった。
「………」
くいっ、と袖を引かれ腰を屈めれば複雑な瞳を向けられて。
その茶の瞳には初対面の人間に対する戸惑いを含みつつも、何とか応えようとする一生懸命さが浮かんでいた。
変わりない、殿の―――の瞳に内心呻く。
(ああ、もう、本当に貴女という人は……)
どうしてこうも変わらないのだろうか。
………だからこそ、付いていきたいと思ったのだけど。
「………私の名は関平。………こちらは様です」
そう出来る限り平素の声音を装って、期待に目を輝かせていた龍昇へと告げる。
すると、龍昇は小さな顔に満面の笑みを刻み
「俺も何かの薬で子どもになったんだけど、ちゃんもそうなの?
だったら俺もいるから、不安にならな……っ」
安心させる為か、何なのか。
こっちも変わりないうざったい熱さのままの手を取ろうとした龍昇の頭をがしりと関平がわしづかむ。
そうして、ゆらりと立ち上がり上方から固まった龍昇を笑顔で見下ろした。
「、ちゃん?」
「う、あ、え、そ、その…」
「いけませんねぇ。私は“様”とお教えしたではありませんか。
それを“ちゃん”とは。………私の話をちゃんと聞いていなかったんですかね?」
「ややややや、そんなことは!」
「そうですか?では様、と呼びますよね?」
「はぃいい!!」
「結構です。さすがは龍昇殿ですね。ご聡明で羨ましいことです。
その聡明な龍昇殿が女性の手を軽々しく取っていいなどと……まさか思っていませんよね?」
「もちろんです!!!」
「そうですよね、いや、失礼しました」
にっこりと笑顔で龍昇の頭を撫でて詫びた関平だが、この謝罪に龍昇は更に顔を蒼ざめて後ずさった。
どうやら本気で怖かったらしい。(特に頭撫でられたのが)
「あー、ごめん関平さん。その辺で勘弁してやってくれると嬉しいんだけど」
「殿……と太史慈殿もご一緒でしたか」
「ああ、まあな…」
龍昇が来た方角から現れたと太史慈に関平は笑顔を納め、顔を上げる。
幼い龍昇の傍らに立つと太史慈。どちらも龍昇と関わり深い人物だ。
「余り目を離されない方がよろしいと思いますが?」
「うん、ホントごめん!今度から気をつけるから!
ほら龍兄、こっちに来て」
「う、うん…」
関平から目を離せず(ハンターと獲物の如く)後ろへじりじりと後退していく龍昇の目は今や半泣きで、とことんツイ
てない自分の兄には心中で深く同情のため息をついた。
「そっちはどうだ?」
「今は劉備殿と……夏侯将軍次第ですからね。取りあえずは様と一緒にいるのが無難かと」
「そうか……。そうだな」
太史慈がちらりとに視線を向ければきょとんと見上げられ
龍昇と同じく“誰だろう、この人は”という見知らぬ者に向けられる視線に出そうになる唸りを飲み込む。
こんなに小さな子に更なる不安を与えるわけにはいかない。
一度目を伏せ、そう何度か唱えてから太史慈はの前にしゃがみこんだ。
「………様、もうしばらくの辛抱ですぞ」
そう言えばはニ・三度瞬いて、ゆっくりと頷いた。
「…………太史慈殿たちは様の居場所をご存知ですか?」
「あ、ああ。確か先ほど中庭の方に向かわれているのを目にしたが…」
「そうですか、有難うございます。
では様、そちらに行ってみましょうか」
再度頷くに目を細め、関平がすっと手の平を差し出す。
意図が分からぬ関平の行動に首を傾げるに口元を緩め
「一緒に行きましょう」
そう、聞いたこともないほど柔らかく声をかけた。
「……………何か、すんごいもの見ちゃった気がする」
「父性愛の芽生え、か?」
とうに回廊の向こうへと消えた関平とに、と太史慈はそう呟く。
父性愛。……何とも似合わぬ言葉だ。
「というより、関平さんは姉至上主義だからなぁ…」
「………拍車がかからなければいいが…」
もう手遅れだと思いつつ、先のを思い浮かべる。
「……にしても、姉はやっぱり姉だね…」
「ああ、あのように幼いころから人を気遣うとはな…」
“もうしばらくの辛抱だ”と、少しでも安心させるつもりで声をかけたのだが。
それに頷いたの表情は……殿として戦場に立つ彼女と同じく
何人たりとも揺るがせぬよう、無条件の安堵を覚えさせる笑顔だった。
「「……………………」」
ちらりと沈黙のまま一人困惑している龍昇へと視線を落とす。
「絶対、拍車かかったよ…」
「……まあ、頑張れ、龍昇」
「???」
それは遠い夏侯惇にも言えるかもしれないが…
龍昇と夏侯惇、二人の未来を思い
片方と関係すると太史慈は深く息をついた。
事件の思わぬ副産物
高まっただろう敬愛が、せめてこちらには及ぼされぬように静かに祈った
05.08.09UP
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幼殿混乱、幕間的話でした。ギャグ濃くなかった…っ!つ、次こそは…。
と、それにしても最近長編化しやすい傾向にありますね…。
あっさりさっぱりした話が書けるよう、精進します。
ブラウザバック推奨
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