多分

           きっと

           彼も困惑しているだろうと、思ってはいたが

 

 

 

         ― 幼殿混乱 4 ―

 

 

 

           「そろそろ中庭ですね」

 

           声をかければこくりと頷き、顔をほころばせるが映る。

           その嬉しそうな様子に、かの片割れは彼女にとって本当に大切なのだな、と微笑ましく目を細めた。

           いつもいつもお互いを大事に思い合ってる姿。

           それをこれからも守っていきたい。いや、守ると決めて中庭に続く回廊を曲がる。

           途端、緑鮮やかな景色が広がった。

 

           庭師が丹精込めた壮大な庭の中、最初に見つけたのは当然というか半身である

           立ち止まった傍らから喜んでいる気配が如実に伝わる。

 

           しかし

 

           「……………………」

 

           足も思考も一切合財が停止した関平は『良かったですね』と声をかけることも出来ず、ただその光景を見つめた。

           視線の先――――穏やかな空気をかもし出す背が振り向く。

           回廊に佇むこちらに気付いたのだろう、まず幼き姿のに目をとめ、すっと関平を見る。

           常と変わらぬ静かな瞳がゆっくりと目礼するのが分かった。

 

           分かったのだけど。

 

 

           ぱんっ!と響いた音に恐る恐る視線を上げる。

           据えていた無表情と言われる顔から

           その頭にのる華奢な手へ

           そうして…

 

           「………さま…?」

 

           にっこりと。満面の笑みを浮かべて一心にを見つめる妹姫にひどく掠れた声が出た。

 

           (何故、そんなところにいらっしゃる……いや、貴女ならしそうなことではあるのですが…)

 

           らしいと言えばあまりにもらしい。

           けれど、どうあっても受け入れがたい光景に関平の頭は混乱で渦巻いた。

           そう、と共に捜し求めていた片割れは預けられた周泰の肩で楽しそうに笑っていたのだ。

           俗に“肩車”と言われる行為で。

 

           「………………」

 

           決して子の相手としては間違った行動ではない。

 

           (しかし…周泰殿に限ってはそれもどうかと…)

 

           七尺近い高さにくらりと世界が回る。

           まるでいつか聞いた“とーてんぽーる”のようだ。

           当たり所が悪ければ即昇天……いやこの年齢の子であれば当たり所が悪くなくても容易く昇れるだろう状態に額を

           押さえる。

           それをこの稀有なる少女に当てはめていいかは些か首を捻るところだが…。

           が、十人が十人とも危険だ。と頷くだろう行為であることは間違いなく。

           何故それを選りにもよって“彼”が許しているのだろうか、と疲労の色滲む瞳で見やった。

 

           「………………」

           「………………」

 

           無言の会話がひたすらに続く。

 

           「………………」

           「………………」

 

           ふっ…と。小さく吐いた息とわずかに逸らされた黒の瞳に全てを悟って、関平は痛む頭にこめかみを揉んだ。

           やはり。いや、分かっていたことだが……それが彼女の彼女たる所以か。

           きっと懇々と説得したのだろう周泰に同情の念が募る。

           説得してなだめて、時には窘めただろう彼の行動は、結果嬉しそうに手を振るに敵わなかったとしても責めるこ

           となど出来るはずがない。

           むしろ載せることとなった今、落とさぬよう万遍の注意を向けている彼は“さすが”と言っても過言ではないほどだ。

 

           (…………早急に解決せねば…)

 

           つかの間緩んでいた緊張感をふたたび湧かせ、遠い劉備と……嫌々ながらも夏侯惇に期待をかけて隣国の方角を

           苦く見つめた。

 

           早く解決しなければ二次災害が起こる。

 

           改めて認識した問題に、つらつらと“報復百選”なんぞと怪しげな本の内容を思い浮かべていた関平はふと庭に立

           つ周泰の様子がおかしいことに気がついた。

           はしゃぐをのせた彼はいつもと同じく年を経た老僧のように静かだが。

           その瞳だけが雄弁に、警戒も露わに…一所を見つめていた。

           穴が開きそうなほどに見据える先は………

 

 

 

           「……………………………………………さま?」

 

           ぱっと上げられた顔。その表情に背を汗が流れるのが分かる。

           まさか、いや、そんな。

           何度かくり返した否定がもろくも崩れ去るのを感じた。

 

           まさか、殿まで肩車をしてほしいなどと

           そう乞われるなんて

           思ってもいなかったのに。

 

           この表情はどう見ても……………『肩車してくれ』。

 

           「………………」

           「………………」

 

           逸らすことも出来ず、かといって頷くことも出来ず、取りあえずは同じ高さに降ろした視線をどうしよもなく揺らがせる。

           手をつなぐことは、自分でも驚くほどすんなりと出来た。

           けれど

           まさか自らが唯一の人と定めているを肩にのせるなど……

 

           (……………出来るはずが…)

 

           ない。そう結論づけようとした瞬間

 

           「………………」

           「………………」

 

           きゅっとわずかに込められた手の力に、見る間に悲しそうに歪んだ瞳に

 

 

 

 

 

 

           「………………」

 

           黙って周泰は視線を逸らし、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           うららかな斜陽に照らされる中

 

           「あのー……、早くハンコくれませんか?」

           「ほら、お待ちですよ、諸葛亮先生」

           「……………………………」

 

           緑の上着に黒猫の意匠を背負った青年が困惑気に佇むのを陸遜が横目に見つつ、己が主である諸葛亮をせっつく。

           もう長いこと待たせているのだ。彼も暇ではないだろう、いい加減解放してやりたい。

 

           「諸葛亮先生」

           「……………………………」

           「…………仕方ありませんね」

           「あっ…!」

 

           きゅっ…ぽん、とあっさりと押された捺印に諸葛亮の顔が見る見る蒼く染まる。

           それに見向きもせず陸遜は青年に礼と謝罪を述べ、扉を閉めた。

 

           「やっぱり隣からの荷物みたいですよ」

           「………………………………」

           「先日も将軍お二人がいらっしゃったばかりなのに…。こちらも何かお返ししなくてはいけませんね」

           「………………………………」

           「そういえばあのご訪問はどんな理由だったんですか?」

           「………………………………」

           「……………まあ、いいですけど。 私もまたあの方に何か贈りましょうかね」

           「………………………………」

 

           石造のごとく固まった主に軽く荷を手渡して、興味も浅く陸遜は退出し

 

           「………………………………」

 

           残された諸葛亮と荷だけが柔らかく陽に照らされた。

 

           淡い紫の紙で品良く包まれた小包の上には

 

          【隣国が一兵 関平より】

 

           の文字が綺麗な筆跡で浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           「あの…………関平さん?」

           「はい?」

 

           戸惑いも露わに呼びかけるに、呼ばれた関平がにっこりと返す。

           その優しげな笑みにつられて笑いそうになったは慌てて首を振った。

           いけない。このまま流されては駄目だ。そう意気付けて続く言葉を口にした。

 

           「お茶を淹れてくれるのは嬉しいのですけど………どうして手ずから」

           「さまに少しでも疲れをとって頂きたいからですが…お口に合いませんでしたか?」

           「!いえ、そんなことはありません!美味しいです…ではなくて…」

           「良かった。ああ、それとこちらもお気に召すか分かりませんが、お茶菓子です」

           「綺麗ですね…」

           「上手く色づけることが出来たんですよ。どうぞ、お召し上がりください」

 

           ほんわかとした空気を遠目に、筆を持ったと太史慈が同じように額を押さえる。

 

           「……………やっぱり」

           「拍車がかかったか…」

 

           恐らく大いなる苦難を強いられるだろう、二人の人物に揃って深いため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

           さまざまなものを大きく揺るがしたこの事件の後。

           この国には一つの鉄則が記される。

 

           “怪しい荷物は殿とさまと関平殿がいないところで開封!!”

 

           そんな第三者には全く訳の分からないものとして。

 

 

 

                                                              05.12.21UP

           ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

           やっと完成【関平困り話】!長い…半年近くかかったよ…。。

           まあ困るっつーか困ったことになってる関平って気がしなくもないのですが…。

           ともあれマイ相棒に捧げますー。

           つか諸葛亮はハンコの管理をどうにかした方がいいと思う。(笑)

 

 

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